2012年02月09日

首途八幡宮

 『 首途八幡宮 』

  “ 自分の家を出発して旅に向かうこと ”“ 新しい生活に向けて出発すること ”「 門出 」 ( かどで ) といい、古くは 「 首途 」 ( かどで ) とも表記しました。

  西陣の 『 首途八幡宮 』 ( かどではちまんぐう ) は、平安末期、京都を追われた 牛若丸源義経 ) が奥州平泉へ下る際、旅の安全を祈願した神社と伝えられ、以来 首途 ( かどで : 出発 ) を願う 首途八幡宮 と呼ばれるようになりました。

  現在も 旅行安全の守護神 として厚く信仰されています。
  

Posted by 若村 亮  at 12:00Comments(0)歴史コラム

2012年02月08日

高御座

 『 高御座 』

  天皇の位につく即位式など、朝廷の儀式の際に紫宸殿の中央に設けられた天皇が着座する座を 『 高御座 』 ( たかみくら ) といいます。

  現在の高御座は大正天皇の即位の際に古式に則って作られたもので、黒塗りの壇上に八角形の屋根を据えて、帳 ( とばり : 垂れ下げて隔てとする布 ) をめぐらし、内部に椅子が据えられています。

  日本では古来より 高御座のあるところが天皇の在所 とされ、現在も京都御所の紫宸殿にあることから、京都御所正式な皇居 とする考えが存在しています。
  

Posted by 若村 亮  at 12:00Comments(0)文化コラム

2012年02月07日

宇治上神社

 『 宇治上神社 』

  『 宇治上神社 』 ( うじかみじんじゃ ) の 本殿 は、覆屋 ( おおいや ) と呼ばれる建物の内部に、内殿 ( ないでん ) と呼ばれる小さな社殿が三社並んで建てられています。

  内殿三社は向って左から右殿・中殿・左殿と呼ばれ、それぞれ祭神として中殿に 応神天皇、右殿に 仁徳天皇、左殿に 菟道稚郎子 ( うじのわきいらつこ ) が祀られています。

  木材の年輪から建立年代を測定すると 1060年頃 に建てられたことが判明し、これは平安時代の神社建築の遺構としては唯一となります。
  

Posted by 若村 亮  at 12:00Comments(2)文化コラム

2012年02月06日

毘沙門天

 『 毘沙門天 』

  『 毘沙門天 』 ( びしゃもんてん ) は、夜叉 ( やしゃ : 鬼神 ) を率いて須弥山 ( しゅみせん : 仏教の宇宙観において世界の中央にそびえるという山 ) の 北方を守護する神 とされ、四天王の一尊 として 「 多聞天 」 ( たもんてん ) とも呼ばれています。

  毘沙門天は鎧甲冑を身にまとい、武器を携えることから古来より 武神 としても崇められ、戦国武将・上杉謙信 は自らを 毘沙門天の転生 であると信じていたとされ、旗印にも 「 毘 」 の文字を用いていました。
  

Posted by 若村 亮  at 12:00Comments(0)歴史コラム

2012年02月05日

仮名

 『 仮名 』

  中国伝来の 漢字「 真名 」 ( まな ) と呼ぶのに対し、日本で生まれた音節文字 ( 一字が一音節を表す文字 ) を 『 仮名 』 ( かな ) といいます。

  古くは漢字の音や訓によって 「 波流 ( 春 ) 」 や 「 八間跡 ( やまと ) 」 のように、漢字本来の意味とは異なる日本語の音を表記した 「 万葉仮名 」 ( まんようがな ) が用いられ、それが次第に簡略化されて 「 伊 → イ / 宇 → ウ 」 のような漢字の画の一部分より作られた 「 片仮名 」 ( かたかな ) が生まれました。

  また、漢字の筆画をくずした草書体から草仮名をへて 「 平仮名 」 ( ひらがな ) も生まれました。
  

Posted by 若村 亮  at 12:00Comments(0)言葉コラム

2012年02月04日

立春

 『 立春 』

  現在、世界の共通暦である グレゴリオ暦 とは、太陽の動きによって季節が変化する周期 ( 一太陽年 ) をもとに作られた 太陽暦 ( たいようれき ) の一種です。

  明治6 ( 1873 ) 年、明治政府によって日本国も太陽暦へと移行しましたが、それまでは月の動きを基準とする 太陰暦 ( たいいんれき ) に季節の変化など 太陽暦 の要素を加えて作られた 太陰太陽暦 ( たいいんたいようれき ) が用いられていました。

  今日は暦の上では、春の始まりとされる 『 立春 』 ( りっしゅん ) です。
  

Posted by 若村 亮  at 12:00Comments(0)歴史コラム

2012年02月03日

平安神宮の節分祭

吉田神社から宗忠神社や須賀神社を参拝しながら歩いて、午後3時から行われる 平安神宮豆まき にやってきました!



平安神宮 では 午後2時 から 追儺式 が行われて鬼が退治されていますが、再び 午後3時豆まき の際にも再び 鬼退治 が行われます。 その準備のために鬼が再び現れて、応天門の外で鬼たちが準備に入りました ( 笑 )



念入りなウォーミングアップが始まり・・・





リーダー鬼の掛け声で門の下に鬼たちが集まり・・・



いよいよ門をくぐって境内へ鬼たちが入って行こうとして・・・



応天門の扉が開かれると、鬼たちが境内へとなだれ込んできました!



平安神宮・節分祭の鬼は、なんと 茂山狂言 の方々が演じられていますので、その動きがお見事! まさに 悪鬼らしい躍動感あふれる動き で、素晴らしい節分祭です♪



参拝者の方へ近寄っては威嚇する鬼たち!





そこへ今年の年男が現れて、豆をまいて鬼退治が始まりました。



逃げ惑う鬼たち、追い詰める年男・・・



しだいに鬼たちは門の方へと追いやられて、最後は門から外に出て行ってしまい、これで鬼退治は完了です!



さて、いよいよ豆まきスタートです! 平安神宮は広い境内で、準備された豆もたっぷりとあって、まかれた豆もゲットしやすく、かなりオススメですね♪



あっという間に5袋をゲットしました ( 笑 )



今年も素晴らしい節分祭を巡ってきました。 あとは夜に巻き寿司をまるかぶりして食べるだけですね。 今年の恵方は北北西ということで、無言で一気に巻き寿司を食べて招福息災を願いたいと思います ( 笑 )
  

Posted by 若村 亮  at 18:28Comments(2)年中行事

2012年02月03日

吉田神社の節分祭へ

明日は 立春、暦の上では春の到来となり、今日は冬から春へと 季節の変わり目 となることから 節分 と呼ばれ、悪鬼を祓って福を招く 日です。 京都で一番大きな節分祭のひとつが 吉田神社節分祭 で、昨日から明日まで3日間に渡って多くの参拝者が訪れて、招福息災を願う習わしです。



参道には露店がずらりと建ち並んで、夕方から夜のピーク時には参道を歩くことも難しいくらいの賑わいとなります ( 笑 )



吉田神社平安京の鬼門封じ として創建された歴史があり、悪鬼を祓う春日の神が祀られていることから、昔から節分には鬼祓いの儀式 「 追儺式 」 ( ついなしき ) を執り行ってきました。



本日午後11時から 火炉祭 ( かろさい ) が執り行われて、この積み上げられたお守りや破魔矢などを神火で焚き上げて邪気を祓います。 勢いよく火柱が立ち上り、まさに荘厳な火の祭典が深夜に行われます。 電車・バスがなくなりますので、なかなか遠くの方は見ることが難しいかもしれませんね。。



さぁ、吉田神社の節分祭といえば、福豆 の授与です♪



1袋200円で福豆の授与があり、10袋を授与いただきました! 親族・親戚・知り合いなど、福のおすそ分けです ( 笑 ) そして、この 福豆 1袋抽選券 1枚 が付いていて、当選すると、素敵な賞品があたるんです!



境内には 賞品陳列所 があり、今年も様々な魅力的な賞品がズラリ!
今年も特等は・・・



なんと トヨタヴィッツ が当たるんです~!!



吉田神社 は室町時代、神職・吉田兼倶 ( かねとも ) が 唯一神道 ( ゆいいちしんとう : 日本古来の道は神道のみにきわまるという考え ) を唱えて 神道の権威拡大 に尽力した歴史を有する神社でもあり、その象徴であった 斎場所大元宮 ( さいじょうしょだいげんぐう ) という建物が節分の3日間には特別に内陣参拝できます ( その他、正月三が日と毎月1日も内陣参拝可 )。



斎場所大元宮には全国の神様・八百万の神 ( やおよろずのかみ ) が祀られていて、その数 3132柱 とされています! まさにここをお参りすると 全国の神様すべてを参拝したのと同じご利益がある ともいわれています♪ 旧国名で全国の神様が一同に会しており、さすがに奈良・大和国や京都・山城国は神様の数も多いですね ( 笑 )



祭りといえば、美味しい屋台! 餡たっぷりの たいやき をいただきました♪



さて、今日は節分祭を巡る京都さんぽが開催されまして、この後は平安神宮の節分祭へ向かって東山界隈を歩いて巡っていきました。
  

Posted by 若村 亮  at 17:42Comments(0)年中行事

2012年02月03日

須賀神社・懸想文売り

 『 須賀神社・懸想文売り 』

  『 須賀神社 』 ( すがじんじゃ ) の 節分祭 には、梅の枝に文を結んで境内を売り歩く 『 懸想文売り 』 ( けそうぶみうり ) が登場します。

  昔、貧乏なお公家さんが素性を隠すために覆面をして街へ出歩き、文字の書けなかった庶民のためにラブレター ( 懸想文 ) の 代筆 をしたと伝えられています。

  神社で授与される懸想文は “ 人知れず鏡台や箪笥の引出しに入れておくと顔・かたちが美しくなり着物が増え、良縁が有る ” ということで、古くより京の街の女性に買い求められてきました。
  

Posted by 若村 亮  at 12:00Comments(0)歴史コラム

2012年02月02日

節分の習わし

 『 節分の習わし 』

  節分には “ 柊 ” ( ひいらぎ ) の小枝に “ 鰯 ” ( いわし ) の頭を刺して門戸に飾る習わしがあります。

  目に刺さる柊の葉を嫌い、また 鰯の頭が放つ悪臭も嫌う ことから、悪鬼があられる節分には柊の小枝に鰯の頭を刺して門戸に飾って 悪鬼除け としてきました。

  また、“ 豆 ”“ 魔目 ” ( 鬼の目 ) に通じるとも考えられ、豆を火で炒って食べる、つまり 鬼を退治して春 ( 福を意味する ) を迎える という願いが込められています。
  

Posted by 若村 亮  at 12:00Comments(0)祭事コラム

2012年02月02日

京都は底冷えの寒さに・・・

節分の頃が一番の冷え込み となる京都。 山々に囲まれた盆地ゆえに 冬は底冷えの寒さ に包まれ、ただただ寒さを耐え抜くのみです ( 笑 )



京町家夏の暑さ対策に秀でた建築 で、町家の中を 夏に吹き抜ける心地よい涼風“ 極楽のあまり風 ” ( 以前のコラムは こちら へ ) といいますが、冬に吹き抜ける極寒の風“ 地獄のすきま風 ” とでもいいたくなるような厳しい寒さです ( 笑 )

さて、その一年で一番寒い時期ではありますが、来週は 名古屋東京寒さを吹き飛ばすような熱い講座 を行いますので、1回限りの単発参加が可能な下記の講座は、ご興味がありましたらご参加ください♪

■ 中日文化センター 名古屋・栄
『 京都の古地図さんぽ 』 -洛中洛外図で読み解く京の町-
※ 講座の詳細・お申し込みは こちら

明日はいよいよ 「 節分 」 です、らくたび ≪ 京都さんぽ ≫ でも 吉田神社平安神宮節分祭 を訪ねる予定です、こちらもぜひご参加ください♪

■ らくたび・京都さんぽ
『 節分祭 』 -吉田神社と平安神宮で招福息災♪-
※ 講座の詳細・お申し込みは こちら

さぁ、今日も寒さに負けずに、熱く熱く頑張ります!!
  

Posted by 若村 亮  at 09:50Comments(0)らくたび日記

2012年02月01日

節分

 『 節分 』

  『 節分 』 とは “ 季節を分ける ”、つまり季節の変わり目となる立春・立夏・立秋・立冬の前日をいいます。

  しかし、古くから 立春 を新しい一年の始まりとし、次第に節分といえば 春の節分 を指すようになりました。

  平安時代、節分は 悪鬼が現れやすい 頃と考えられ、宮中では豆を撒いて悪鬼を追い払う 追儺 ( ついな ) という行事が行なわれていました。 宮中行事の追儺がのちに民間に伝わり、現在のような節分行事として行なわれるようになりました。

  節分とは、ほのかに移りゆく季節を感じる伝統行事です。
  

Posted by 若村 亮  at 12:00Comments(0)祭事コラム