菅大臣神社
『 菅大臣神社 』
平安前期の学者・政治家として知られる
菅原道真 は、第60代
醍醐天皇 の下で
右大臣 という重要な役職を務めていました。
しかし、左大臣の
藤原時平 の
讒言 ( ざんげん : 他人を陥れようとして事実を曲げ、偽って悪い様に告げ口をすること ) によって
九州大宰府へ左遷 ( させん : 低い地位や官職にうつること ) され、翌年に大宰府で
非業の死 を遂げました。
西洞院高辻の
『 菅大臣神社 』 ( かんだいじんじんじゃ ) は、
道真公の邸宅があった場所 であり、道真公が生まれた時の産湯に使った水を汲んだという
産湯の井戸 も残っています。
地図 : 菅大臣神社
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