観世水
『 観世水 』
室町幕府 3代将軍・
足利義満 は
能楽 を好み、猿楽大和四座のひとつ
結崎座 ( ゆうざきざ : 後の
観世座 ) の始祖とされる父・観世清次 ( かんぜきよつぐ ) に
観阿弥 ( かんあみ )、その子・元清 ( もときよ ) に
世阿弥 ( ぜあみ ) の法名を授け、また現在の今出川大宮辺りに屋敷地を与えました ( 現在の
観世町 )。
観世屋敷は後の応仁の乱で焼失しましたが、屋敷内の
鎮守社 と
井戸 が今も西陣中央小学校の敷地内に残されています。
かつて観世井に竜神が降り立ち、水面が常に動いて波紋を作ったと伝えられ、それが観世流の紋様
『 観世水 』 ( かんぜみず ) となっています。
地図 : 観世町
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