天龍寺
『 天龍寺 』
足利尊氏 と
後醍醐天皇 の対立により、朝廷は
北朝 ( 京都 ) と
南朝 ( 吉野 ) の二つに分かれ、
南北朝時代 となりました。
その後、暦応元 ( 1338 ) 年に足利尊氏が
征夷大将軍 となって名実ともに
室町幕府 を開きましたが、その翌年、後醍醐天皇は吉野で崩御 ( ほうぎょ : 死去 ) しました。
その際、武士から厚い崇敬を集めた禅僧
夢窓疎石 は、尊氏に対して
「 怨親平等 」 の教えを説き、後醍醐天皇の菩提を弔う寺院の建立を強く勧めたと伝えられ、壮大な
『 天龍寺 』 が創建されました。
『 怨親平等 』 ( おんしんびょうどう )
人間は生きていくうちに、必ず怨みを生じていく。
その怨みを怨みで晴らしていくと、いつまでたっても
それは消えていくことがない。
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