2008年03月19日

御陵

 『 御陵 』

  京都市街から東山を越えると 山科 ( やましな ) です。

  天智天皇近江京 ( 現在の滋賀県大津市 ) へ遷都すると、山科は奈良と近江を結ぶ 奈良街道 が通り、藤原鎌足 ( 中臣鎌足 ) が 山階寺 ( やましなでら ) を建立して大いに栄えました。

  一説に天智天皇は山科へ遠出したまま帰らぬ人となり、後日見つかった ( くつ ) の落ちていた場所を陵墓にしたと伝えられています。 現在も天智天皇は 『 御陵 』 ( みささぎ : 地名 ) の陵墓で静かに眠っています。


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Posted by 若村 亮  at 12:00 │Comments(2)山科・醍醐

この記事へのコメント
天」智天皇陵については、ここで天皇が暗殺されたという説が有力になっているように思われます。

天皇がここで、行方不明になったことに関しては、「仙人が姿を消して昇天する」と言う伝説によっていると言う苦しい説を唱える学者もいますが、天智天皇にそれを当てはめるのはコジツケに過ぎる様に思われます。

参考文献 皇円 「扶桑略記」
       井沢元彦「逆説の日本史」(2) 古代怨霊編

珍説,奇説かも知れませんが一読の価値があると思います。
Posted by 珍説 at 2008年03月20日 11:12
珍説さん、こんにちは。
天智天皇の死に関しては諸説あって、歴史の面白さを感じますね。 道教の 「 仙人が昇天する尸解 」 に基づく説もありますが、やはり暗殺だろうなぁ、と想像します。 “ 沓の落ちていた場所を陵墓にした ” というのも、少し腑に落ちない感じです ( 笑 )。 とにかく、天智天皇の死は想像力をかきたてられる歴史的な出来事ですね。 若村
Posted by 若村 亮 at 2008年03月20日 11:21
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