2012年06月27日

神田明神

 『 神田明神 』

  平安中期の武将・平将門 ( たいらのまさかど ) は、関東で内乱 ( 平将門の乱 ) を起こして一時関東を支配下に置いて新皇を称しましたが、平貞盛や藤原秀郷らに討たれて命を落としました。

  平将門の首京都 に送られて 晒し首 となりましたが、関東を目指して空高く飛び去ったとも伝えられ、東京・大手町には飛んで行った平将門の首が落ちた場所を 首塚 として永く供養しています。

  また、京都・四条西洞院近くに京都・神田明神 が祀られ、ここに 平将門の首が晒された と伝えられています。

地図 : 京都・神田明神


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Posted by 若村 亮  at 12:00 │Comments(0)歴史コラム

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