2009年12月09日
御香宮神社
伏見に鎮座する 『 御香宮神社 』 ( ごこうのみやじんじゃ ) は、平安時代、境内から 病気に効く香水 が湧き出たことから、第56代・清和天皇 より 「 御香宮 」 ( ごこうのみや ) の名を賜りました。
その後、豊臣秀吉 が 伏見城 を築くと、その守り神として崇められ、境内には今も安土桃山時代の荘厳華麗な特色を伝える表門や本殿が建ち並んでいます。
幕末、この辺り一帯で勃発した 鳥羽伏見の戦い では、御香宮神社が 薩摩軍の屯所 となった歴史も有しています。
地図 : 御香宮神社
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龍馬物語 ≪ 龍馬が愛した港町・伏見を歩く ≫
12/13(日) 13:00 ~ 16:00
詳細は こちら へ
2009年12月08日
寺田屋
江戸時代、伏見 の町は京都と大坂を結ぶ宇治川・淀川を往来する 船運の港町 として発展し、支流に設けられた船溜まりの港に面して 船宿 が軒を並べていました。
『 寺田屋 』 は江戸初期から続く伏見の船宿で、薩摩藩 の 御用達 として賑わっていました。
幕末、寺田屋を舞台として、薩摩藩士が乱闘を繰り広げた 寺田屋事件 と、坂本龍馬 が奉行所の幕吏に 襲撃 されて負傷した事件と、歴史上、ふたつの大きな事件が起こりました。
地図 : 寺田屋
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2009年06月12日
藤森神社・紫陽花苑
深草 ( ふかくさ ) に鎮座する 『 藤森神社 』 ( ふじのもりじんじゃ ) は、神功皇后 ( じんぐうこうごう ) が 軍旗 や 武具 を深草の地に埋めて祀ったのがはじまりと伝えられ、摂政3 ( 203 ) 年の創建と伝えられる京都でも最古の神社のひとつです。
6月になると藤森神社の境内には約3500株の色鮮やかな 紫陽花 が咲き誇り、毎年 6月15日に催される 紫陽花祭 では、献花や献茶、神楽の奉納などが執り行われています。
地図 : 藤森神社
京都さんぽ
藤森神社アジサイ苑 と 知られざる深草の里めぐり
6月14日(日) 13:00~ JR奈良線・藤森駅スタート
詳細は こちら をご覧ください
2009年05月18日
稲荷の狐
伏見稲荷大社 の主祭神・宇迦之御魂神 ( うかのみたまのかみ ) は、稲を神格化した穀物神 として古くから 五穀豊穣の神様 として崇められ、中世以降は 商売繁盛の神様 としても厚い信仰を集めてきました。
宇迦之御魂神は別名・御餞津 ( みけつのかみ ) とも呼ばれ、狐の古い呼び名 「 けつ 」 より 「 三狐神 」 ( みけつのかみ ) と解して 狐 が 稲荷神の使い であるとされ、全国に数ある稲荷社の社前には狐が鎮座しています。
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2009年02月22日
伏見城
2008年08月29日
白河天皇
平安時代、藤原氏は天皇に一族の娘を嫁がせ、生まれた子が天皇となった時に 外祖父 ( 皇后の祖父 ) として政治の実権を握り続けました。
しかし、第59代・宇多天皇 ( うだ ) 以来170年ぶりに 藤原氏を外祖父に持たない 第71代・後三條天皇 ( ごさんじょう ) が即位し、藤原氏の権勢を排除した政治を行いました。
その意思は子の第72代・白河天皇 ( しらかわ ) にも引き継がれ、譲位後は上皇となって43年間にわたる院政を行いました。
地図 : 成菩提院陵 ( じょうぼだいいんのみささぎ : 白河天皇陵 )
2008年06月23日
鳥羽伏見の戦い
幕末、最後の将軍となった 徳川慶喜 ( よしのぶ ) の 辞官納地 ( じかんのうち : 官位と領地の没収 ) が決定し、旧幕府内では新政府の薩摩藩と長州藩に対する反感が高まりました。
そして慶応4 ( 1868 ) 年 正月、ついに大坂から京都へ向って旧幕府分は進軍を開始し、戊辰戦争の戦端となる 『 鳥羽伏見の戦い 』 が始まりました。
地図 : 料亭・魚三楼
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激動の時代・幕末の
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2008年06月22日
橦木町
撞木 ( しゅもく ) とは、鐘 ( かね ) や半鐘 ( はんしょう ) などを打ち鳴らす仏具の棒のことで、多くは 丁字形 ( ていじけい : Tの形 ) をしています。
伏見の 『 橦木町 』 は、町が丁字形をしていたことから橦木町と呼ばれ、江戸時代には 遊郭 として賑わった町でもありました。
忠臣蔵 で知られる 大石良雄 ( 内蔵助 ) が、敵の目を欺くために遊興に耽ったと伝えられる 「 よろづや 」 跡 の石碑も残されています。
地図 : 橦木町
2008年06月09日
稲荷造
伏見稲荷大社 の 本殿 は、応仁の乱の兵火によって焼失し、のちの明応8 ( 1499 ) 年に再建され、修復を重ねて現在に至っています。
社殿建築としては大型に属しますが、細部に注目すると、装飾金具や牡丹唐獅子・唐草などの彫刻を意匠とする蟇股などに、安土桃山時代 の 力強さ と 優美な趣き が伝えられています。
社記には 「 御本殿五社相殿ウチコシナガシ作四方ニ高欄有ケタ行五間五尺ハリ行五間五尺 」 とあり、『 稲荷造 』 とも称されています。
『 田植祭 』 伏見稲荷大社
6月10日 ( 火 )
神田の田植を行い、一年の豊作を祈る神事
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建築から垣間見る
悠久の都、京都の歴史
社寺にある各建物の役割や、その造形に込められた意味や背景を紹介。 建築のワンポイント解説が随所にあります。
2008年05月04日
藤森神社
2008年02月26日
鳥羽
2008年02月16日
杉玉
2007年11月08日
御火焚
『 御火焚 』旧暦11月8日 ( 現在は各神社によって異なる ) に行われる 『 御火焚 』 ( おひたき ) とは、江戸時代頃から京都を中心とする地方で行われてきた伝統神事です。
各神社の社前では 神楽 ( かぐら : 巫女などによる舞や囃子 ) が奉納され、供物 ( くもつ : 神様への供え物 ) が供えられ、氏子や参拝者が願いを書いて奉納した 火焚串 ( 護摩木 ) を 神火 ( しんか : 穢 ( けが ) れのない神火 ) で焚きあげて、知らないうちに犯した 罪業 ( ざいごう ) を消滅し、万福招来 を祈ります。
『 御火焚祭 』 伏見稲荷大社
11月8日(木)
2007年11月03日
曲水の宴
『 曲水の宴 』平安貴族が催した遊宴 『 曲水の宴 』 ( きょくすいのえん ) とは、庭の曲水 ( きょくすい : まがりくねって流れる小川 ) のほとりに参会者が座り、上流から流さる杯 ( さかずき ) が自分の前に流れ着くまでに詩歌を作り、その杯を取って酒を飲み、次の下流の人へ杯を流し、その後に宴を催してお互いの詩歌を披露しあう雅な遊びです。
白河上皇 が営んだ 鳥羽離宮 の跡に建つ 城南宮 では、毎年11月3日 ( 今日 )、秋の 「 曲水の宴 」 が催され、平安の雅を今に伝えています。
『 曲水の宴 』
11月3日 14~15時
神苑 「 楽水苑 」 ( 平安の庭 )
2007年09月16日
饅頭喰い
2007年07月21日
伏見稲荷大社 宵宮祭・本宮祭
2007年06月09日
伏見人形
『 伏見人形 』中世以降の商工業の発展とともに、伏見稲荷大社 は 商売繁盛の神様 としての印象が強くなりましたが、古くから 農業の神様 として庶民から厚い信仰を集めてきました。
“ 稲荷山の土を持ち帰り、田畑に施せば五穀豊穣になる ” という 稲荷の土信仰 があり、参拝者は稲荷山の土を持ち帰る習わしがありました。
その後、時代とともに稲荷山の土そのものではなく、稲荷山の土で作った簡素な素焼きの土人形 「 伏見人形 」 を手土産として買って帰るようになり、火難除け や 商売繁盛 を願って家に祀るようになりました。
『 田植祭 』
6月10日 ( 日 )
2007年02月20日
城南宮
東寺から南へ、鴨川を越えた辺りを 鳥羽 ( とば ) といいます。
幕末に 鳥羽伏見の戦い が勃発した場所として歴史に名を刻みますが、平安時代には鴨川の清流と東山の連山を望む景勝地として 白河上皇 の 鳥羽離宮 が造営され、華やかな宮廷文化が営まれました。
白河上皇はしばしば 熊野詣 を行い、京から旅立つ前に、離宮に七日程籠って身を清め、旅の安全を祈願してから熊野へと旅立ちました。
その後、鳥羽離宮の神社は 『 城南宮 』 ( じょうなんぐう ) となり、現在も 旅行 や 交通安全の神様 として厚く信仰されています。
2007年02月10日
伏見の女酒
2007年02月05日
伏見稲荷大社
和銅4 ( 711 ) 年、秦一族の 秦伊呂具 ( はたのいろぐ ) が 稲荷山 に 稲荷神 をお祀りして 『 伏見稲荷大社 』 とし、現在では全国に4万ある稲荷社の総本社として厚く信仰されています。
毎年 2月の初午の日 ( はつうま ) に 「 初午大祭 」 が行われますが、これは 2月の初午の日に稲荷神が天から降臨した ことに由来します。
現在では 商売繁盛の神 として広く知られていますが、元来は 農耕の神 であり、「 稲荷 」 の名前は 「 稲成 」 ( いねなり ) に由来する、五穀豊穣を心から願う名前なのです。
『 初午大祭 』
2月5日 ( 月 )
2006年11月03日
城南宮 「 曲水の宴 」
平安時代の貴族が催した遊宴 『 曲水の宴 』 ( きょくすいのえん ) とは、庭の曲水 ( きょくすい : まがりくねって流れる小川 ) のほとりに参会者が座り、上流から流さる杯 ( さかずき ) が自分の前に流れ着くまでに詩歌を作り、その杯を取って酒を飲み、次の下流の人へ杯を流し、その後に宴を催してお互いの詩歌を披露しあうという、平安時代の雅な遊び です。
平安時代に 白河上皇 が営んだ 鳥羽離宮 の跡に創建された 城南宮 では、毎年11月3日 ( 今日 )、秋の 『 曲水の宴 』 が催され、平安時代の雅を今に伝えています。
『 曲水の宴 』
11月3日 14~15時
神苑 「 楽水苑 」 ( 平安の庭 )
< 参考コラム : 旅の安全祈願 -城南宮- >











