2007年04月18日

十三参り

 『 十三参り 』

  虚空蔵菩薩 ( こくうぞうぼさつ ) とは “ 虚空を蔵する菩薩 ” という意味で、広大な宇宙のような無限の智恵と慈悲を持って衆生 ( しゅじょう : 人びと ) の望みに応じて分け与える菩薩です。

  虚空蔵菩薩を本尊とする 法輪寺 ( ほうりんじ ) では、4月13日を中日とした前後1ヶ月間、数えで13歳になる子供が参拝し、虚空蔵菩薩から知恵を授かる 『 十三参り 』 が行われています。

  古くから、参拝後に 法輪寺橋 ( 現、渡月橋 ) を渡り終えるまで決して後ろを振り返ってはならず、もし振り返ってしまうとお参りして授かった知恵を失ってしまう、と伝えられています。

『 十三参り 』  法輪寺
   3月13日 ~ 5月13日  

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2007年02月08日

法輪寺橋

 『 法輪寺橋 』

  嵐山の桂川に架かる橋を 渡月橋 ( とげつきょう ) といい、平安時代初期の承和3 ( 836 ) 年、空海の弟子である道昌僧正が川を修築した時に、現在の渡月橋より200mほど上流に橋を架けたのが橋の歴史の最初とされています ( 諸説あり )。

  古くは橋の南にある 法輪寺 ( ほうりんじ ) が管理していたことから 『 法輪寺橋 』『 法輪橋 』 と呼ばれていましたが、亀山上皇 が夜空を渡る月の様子を眺めながら 「 くまなき月の渡るに似る 」 と称 ( たた ) えたことから 渡月橋 と呼ばれるようになりました。

『 針供養 』  法輪寺
   2月8日 ( 今日 )  

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2006年12月07日

針供養

 『 針供養 』

  12月8日 ( 明日 ) は 「 事納め 」 ( ことおさめ ) の日。 昔から12月8日に農作業をすべてを終えて祝ったことから、この日が1年の事納めとなり、様々な行事が行われるようになりました。

  京都の虚空蔵さんで知られる 法輪寺 ( ほうりんじ ) では 『 針供養 』 という、この1年間に一生懸命働いてくれた針をコンニャクに刺して休んでもらう行事が行なわれます。

  また、本尊の 虚空蔵菩薩 ( こくうぞうぼさつ ) は 技芸上達の守護仏 でもあり、参拝すると 針仕事の技芸上達の御利益 があり、境内は多くの人びとで賑わいます。

『 針供養 』  法輪寺
   12月8日
  

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2006年11月12日

夕霧祭

 『 夕霧祭 』

  嵯峨で生まれたと伝えられる 『 夕霧太夫 』 ( ゆうぎりたゆう : 生年不詳-1678年 ) は、島原の扇屋で太夫 ( たゆう : 官許の遊郭 「 島原 」 で最高位の遊女の称 ) となり、のちに大坂の新町へと移住しました。

  芸事に秀でた美しい名妓 として知られていましたが、若くして病気で亡くなり ( 22歳もしくは27歳 )、大坂の町は夕霧の死を惜しんだ と伝えられています。

  夕霧の墓 は生まれた 嵯峨の清凉寺 にあり、毎年11月、夕霧の菩提を弔う追善法要 と、境内本殿から三門まで島原の太夫による太夫道中 が行われています。

『 夕霧祭 』  清凉寺 ( 嵯峨釈迦堂 )
   10:00~ 追善法要
   11:10~ 本殿から三門まで太夫道中
  

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2006年11月11日

嵐山 もみじ祭

 『 嵐山 もみじ祭 』

  天下の名勝 『 嵐山 』 は、いにしえより風光明媚な場所として愛されてきました。

  平安時代には貴族達が川に舟を浮かべて宴席を設け、陽春の桜花初夏の新緑盛夏の避暑初秋の観月晩秋の紅葉厳冬の雪景色 と、四季折々の花鳥風月 を感じ、そして多くの歌に詠んできました。

  桜や紅葉が嵐のように散ることから 「 嵐山 」 と呼ばれるようになった と伝えられ、これから晩秋にかけての嵐山はまさに燃えるような紅葉を愛でることができます。

『 嵐山もみじ祭 』  嵐山 ・ 渡月橋一帯
   11月12日 ( 日 )
   箏曲小督船、今様歌舞船、能舞台船など、
   平安時代の舟遊び絵巻が繰り広げられる。  

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