2011年11月18日

蓮華寺

 『 蓮華寺 』

  上高野『 蓮華寺 』 ( れんげじ ) は、古くは 延暦寺の一坊 として創建された古刹と伝えられ、その後、寛文2 ( 1662 ) 年、加賀前田藩・今枝近義 ( いまえだちかよし ) が 父の菩提を弔う ために再興したとされ、一説には七条塩小路の浄土系 ( 時宗 ) の寺院を移して当地に再興したとも伝えられています。

  再興にあたって 絵師・狩野探幽儒学者・木下順庵禅僧・隠元禅師 など当時の著名人が協力し、高野川の水が満ちる池に鶴亀ニ島を配した庭は 石川丈山 作と伝えられ、秋には紅葉が彩りを添える名庭です。

地図 : 蓮華寺
  

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2011年11月17日

瑠璃光院

 『 瑠璃光院 』

  叡電・八瀬比叡山口駅から徒歩5分、高野川沿いに佇む 『 瑠璃光院 』 ( るりこういん ) は、かつて 本願寺の歴代門跡 もしばしば訪れたと記録される風雅な庵で、明治の元勲・三条実美 ( さねとみ ) は 「 喜鶴亭 」 と命名して直筆の額を授けています。

  その後、大正末期から昭和初期にかけて広大な敷地に数寄屋造の建物を造営し、比叡山麓の自然を借景とした名庭を造園しました。 緑あふれる苔の庭に、赤や黄、そしてピンク色に輝く紅葉が彩り、深まる秋に一層美しさを増す名庭です。

地図 : 瑠璃光院
  

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2011年11月10日

大原

 『 大原 』

  三千院寂光院 など 紅葉の名所 が点在する 『 大原 』 ( おおはら ) は、日本海側から京都へ上る主要街道上の入り口として古くから栄え、比叡山から連なる山々が周りを囲む自然豊かな山間の里です。

  平安初期、延暦寺の僧 ・ 円仁 ( えんにん ) は静寂なこの地を 浄土信仰の聖地 と定め、声明 ( しょうみょう : 僧が唱える仏教声楽 ) の道場として 「 魚山大原寺 」 ( ぎょざんたいげんじ ) を創建しました。

  『 大原 』 という地名は、魚山大原寺に由来すると伝えられています。
  

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2008年11月13日

法然上人腰掛石

 『 法然上人腰掛石 』

  平安末期、法然上人“ ひたすら念仏を唱えれば阿弥陀様によって救われる ” という教えを説き、広く民衆の信仰を集めました。

  ところが、比叡山などの旧仏教勢力から激しい批判を受け、文治2 ( 1186 ) 年、比叡山の僧が法然上人を 勝林院 に呼び出し、その教えに異論を唱えました ( 大原問答 )。

  この大原問答の際に法然上人が腰を掛けたと伝えられる石が勝林院前に残されており、『 法然上人腰掛石 』 と呼ばれています。

地図 : 法然上人腰掛石  

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2008年10月09日

大原問答

 『 大原問答 』

  平安末期、庶民の救済に尽力した 法然上人“ ひたすら念仏を唱えれば阿弥陀様によって救われる ” という教えを説き、広く民衆の信仰を集めました。

  ところが 比叡山 などの 旧仏教勢力 から激しい批判を受け、文治2 ( 1186 ) 年、比叡山の僧が法然を 勝林院 に呼び出し、その教えに異論を唱えました。

  まさに 問答 が行われているその時、本尊・阿弥陀如来 が手から大光明を放ち、念仏によって人びとが救われる証拠を示し、さすがに比叡山の僧も引き下がったと伝えられています。 それ以来、本尊・阿弥陀如来は 「 証拠の阿弥陀 」 と呼ばれるようになりました。  

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2008年10月08日

勝林院

 『 勝林院 』

  平安初期、唐に渡った僧・円仁 ( えんにん ) は仏教儀式音楽の 声明 ( しょうみょう ) を学んで帰り、のちの長和2 ( 1013 ) 年、円仁の九代目の弟子となる僧・寂源 ( じゃくげん ) が 声明の根本道場 として大原に延暦寺の別院を建立し、これが大原 『 勝林院 』 ( しょうりんいん ) の起こりとなりました。

  本尊・阿弥陀如来像は、平安中期の仏師・康尚 ( こうしょう ) 作と伝えられ、脇侍として不動明王と毘沙門天が立っています。

地図 : 勝林院  

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2008年06月24日

呂律が回らない

 『 呂律が回らない 』

  音楽で一定の様式をもつ旋律 ( せんりつ ) を構成する音を選び出し、音階形に整理したものを 旋法 ( せんぽう ) といい、仏教儀式の際、僧侶によって唱えられる仏教声楽 「 声明 」 ( しょうみょう ) には、二種の音階である 呂旋法律旋法 があります。

  『 呂律 ( ろれつ ) が回らない 』 とは、この 「 呂 」「 律 」 をうまく使えないことから生じた言葉で、天台声明の里・大原 には、これに由来する 呂川律川 が水の音を奏でながら流れています。

地図 : 呂川・律川  

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2007年11月27日

三宅八幡宮

 『 三宅八幡宮 』

  洛北の上高野に鎮座する 『 三宅八幡宮 』 ( みやけはちまんぐう ) は、虫退治の神様 として 子供の夜泣き封じ癇の虫封じ害虫駆除 などの御利益で知られ、通称 「 虫八幡さん 」 ( むしはちまん ) と呼ばれています。

  昔、宇佐八幡宮 ( 大分県宇佐市 ) から石清水八幡宮へ八幡神を勧請 ( かんじょう : 神様を分けて移す ) した際に白い鳩が道案内をしたと伝えられ、以来、八幡宮の鳩神様の使い とされました。

  三宅八幡宮では、狛犬ならぬ 「 狛鳩 」 が神社を守っています。  

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2007年11月19日

大原

 『 大原 』

  三千院寂光院 など 紅葉の名所 が点在する 『 大原 』 ( おおはら ) は、日本海側から京都へ上る主要街道上の入り口として古くから栄え、比叡山から連なる山々が周りを囲む自然豊かな山間の里です。

  平安初期、延暦寺の僧 ・ 円仁 ( えんにん ) は静寂なこの地を 浄土信仰の聖地 と定め、声明 ( しょうみょう : 僧が唱える仏教声楽 ) の道場として 「 魚山大原寺 」 ( ぎょざんたいげんじ ) を創建しました。

  『 大原 』 という地名は、魚山大原寺に由来すると伝えられています。

地図 : 三千院  

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2007年06月10日

崇道神社

 『 崇道神社 』

  洛北の上高野に鎮座する 『 崇道神社 』 ( すどうじんじゃ ) は、祭神として 早良親王 ( さわらしんのう ) を祀っています。

  早良親王とは、平安京遷都をおこなった第50代 桓武天皇の実弟 にあたり、反桓武勢力 の中心として政治的に捕らわれてしまい、親王は無実を訴えて幽閉先で断食し、ついに 非業の死 を遂げました。

  それ以後、都では不吉な事故や異変が相次ぎ、その原因とされた 親王の怨霊による祟り を鎮めるため、鎮魂の行事を行い、神社を創建して祀ったと伝えられています。

地図 : 崇道神社  

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2007年05月29日

三千院

 『 三千院 』

  大原の 三千院 は、延暦7 ( 788 ) 年、天台宗祖の 伝教大師 最澄 が比叡山内に建立した一つの御堂にはじまり、のちに滋賀の坂本梶井に移り、応仁の乱の後に現在の大原に移りました。

  三千院を中心に大原では 天台声明 ( 仏教声楽 ) の研鑚が行なわれ、古くから修業の地として厚く信仰されてきました。

  三千院で執り行われる 「 御懺法講 」 ( おせんぼうこう : 30日 ) は、江戸時代まで御所で行なわれていた格式ある法要で、声明と雅楽が大原一帯に響き渡る伝統の法要です。

『 御懺法講 』  三千院
   5月30日 ( 水 ) 法要11時~  

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2007年05月17日

大原女

 『 大原女 』

  大原に佇む 寂光院 ( じゃっこういん ) は、飛鳥時代に聖徳太子によって創建された古刹です。

  平家滅亡後の文治元 ( 1185 ) 年、平清盛の娘 建礼門院徳子 ( けんれいもんいん とくこ ) が入寺し、平家一門の菩提を弔いながら余生を過ごしたことでも知られています。

  当時、建礼門院にお仕えしていた 阿波の内侍 ( あわのないじ ) は、大原の柴 ( しば : 木の小枝で、薪や炭のもと ) を束ねて頭上にのせて遠く離れた京の町へ売り歩いたと伝えられ、その姿が 『 大原女 』 ( おはらめ ) として現在に伝えられています。

『 大原女時代行列 』  大原
   5月20日(日) 午後1時~  

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2006年11月27日

虫八幡さん

 『 虫八幡さん 』

  洛北の上高野に鎮座する 『 三宅八幡宮 』 ( みやけはちまんぐう ) は、虫退治の神様 として 子供の夜泣き封じ癇の虫封じ害虫駆除 などの御利益で知られ、通称 「 虫八幡さん 」 ( むしはちまん ) と呼ばれています。

  昔、宇佐八幡宮 ( 八幡宮の総社 : 大分県宇佐市 ) から 石清水八幡宮八幡神を勧請 ( かんじょう : 神様を分けて移すこと ) した際に 白い鳩が道案内をした と伝えられ、以来、八幡宮の鳩 は 神様の使い として大切にされてきました。

  三宅八幡宮では、狛犬ならぬ 狛鳩 が神社を守り続けています。

地図 : 三宅八幡宮
  

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2006年11月13日

大原

 『 大原 』 紅葉の名所

  三千院寂光院 など 紅葉の名所 が点在する 『 大原 』 ( おおはら : 京都市左京区 ) は、日本海側から京都へ上る主要街道上の入り口として古くから栄えた里であり、比叡山から連なる山々が周りを囲む 自然豊かな山間の里 です。

  平安時代初め、延暦寺の僧 円仁 ( えんにん ) は静寂なこの地を浄土信仰の聖地と定め、声明 ( しょうみょう : 法要において僧が唱える仏教声楽 ) の道場として 「 魚山大原寺 」 ( ぎょざんたいげんじ ) を創建しました。

  大原 という地名は、この 魚山大原寺 に由来すると伝えられています。

地図 : 三千院
  

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