2007年04月11日
半木の道
2007年04月07日
やすらい祭
『 やすらい祭 』昔、桜の花が風で舞い散る様子が、疫病が飛散して流行する様子と似ていることから、“ 桜の花が散る頃に疫病が流行る ” と信じられてきました。
この疫病を鎮めるために奈良時代より 鎮花祭 ( はなしずめのまつり ) が行なわれるようになり、現在では 『 やすらい祭 』 ( 8日 : 今宮神社 ) にその名残を見ることができます。
古風な装束の氏子衆が “ やすらい花やー、ヨーホイ ” と歌い踊りながら街を練り歩き、花傘 の下に入ると 厄払い になる ことから、老若男女が皆、花傘の下に入って行列をともにします。
『 やすらい祭 』
4月8日 ( 日 )
2007年03月16日
大徳寺大仙院
侘び茶を大成した 千利休 が禅の師と仰いだ禅僧 「 古渓宗陳 」 ( こけいそうちん )。
大仙院 ( だいせんいん ) の住職であった古渓和尚は、大徳寺の百十一世住職となって戦国の乱世で 厳粛な禅風 を貫き、豊臣秀吉 の意向を受けて 織田信長 や 豊臣秀長 ( 秀吉の弟 ) の葬儀を大徳寺で執り行って以来、多くの戦国大名から厚い信頼を得ました。
のちに千利休が秀吉の怒りに触れて切腹を命じられて一条戻橋で利休の首が晒された時、闇夜に紛れて密かに首を持ち帰って手厚く供養した のが古渓和尚だった、と伝えれています。
『 古渓忌 』 ( こけいき )
3月17日
拝観料400円、薄茶1000円
古渓和尚の威徳を偲ぶとともに
茶席が設けられます。
2007年02月28日
茶筅の音
千利休 は 大徳寺 で 禅 を学び、茶の湯 に 禅の精神性 を取り入れて 「 侘び茶 」 ( わびちゃ ) を大成しました。
すべての飾りやおごりを捨て、ひっそりとした枯淡な味わいの中でおこなう茶の湯が侘び茶であり、それは本来の形 “ 自然 ” そのものなのです。 「 茶 」 という漢字は、“ 草と木の間に人 ” と書き、つまり人は自然の中で生き、ありのまま自然を受け入れて行う茶の湯が 「 茶道 」 なのです。
今日は千利休の命日です。 大徳寺の塔頭 聚光院 ( じゅこういん ) には、千利休を祖とする茶の湯の家元代々のお墓があり、その 利休の墓 に耳を当てると、茶を点てる茶筅 ( ちゃせん ) の音 がかすかに聞こえてきます。
2007年02月23日
幸在祭
上賀茂神社 を地元の神とする 賀茂の里 ( 神社周辺の町 ) では、全国的にも珍しい 男子の元服 ( げんぷく : 男子が成人に達したことを示す儀式 ) を祝う伝統行事 『 幸在祭 』 ( さんやれまつり ) が、毎年 2月24日 ( 明日 ) しめやかに行なわれます。
“ あがり ” と呼ばれる数え年で15歳を迎えた男子は、大人の服 羽織着物 に袖を通して儀式に臨み、鐘や太鼓を打ち鳴らしながら町内を練り歩いた後、上賀茂神社の氏神様へ元服を報告して晴れて大人の仲間入りをします。
おんめでとう~ご~ざ~る♪
※ 幸在祭の囃子言葉で “ おめでとう ” の意味。
幸在祭は字の如く 「 幸在る人生 」 を願う伝統行事です。
2007年02月21日
牛若丸誕生地
『 牛若丸誕生地 』平治元 ( 1159 ) 年、源氏の棟梁 ( とうりょう : 一族を率いる者 ) の 源義朝 ( みなもとのよしとも ) と 常盤御前 ( ときわごぜん ) の間に生また男の子は 『 牛若丸 』 ( うしわかまる : のちの源義経 ) と名付けられました。
現在の 紫竹牛若町 辺りが 牛若丸誕生の地 と伝えられ、今も産湯の水を汲んだと伝えられている井戸が残っています。
畑の中に 「 牛若丸誕生井 」 と書かれた石碑があり、石碑の後ろには現在も井戸がそのまま残っています。 井戸の水は一度も枯れたことがないと伝えられ、今も水を湛えています。
2007年02月13日
利休の木像
大徳寺の山門 は 『 金毛閣 』 ( きんもうかく ) と呼ばれ、天正17 ( 1589 ) 年、千利休の寄進 によって現在のような二層の山門となりました。
千利休は金毛閣の楼上に 自らの木像 ( 雪駄を履いた雪見の像 ) を安置していましたが、これが門の下を通った 天下人 豊臣秀吉 の怒りに触れ、天正19 ( 1591 ) 年 2月13日 ( 今日 )、秀吉は利休を京都から堺へ追放しました。
その後、秀吉は利休に切腹を命じ、聚楽屋敷内で切腹した利休の首は一条戻橋でさらし首となり、さらに金毛閣の利休の木像も磔 ( はりつけ ) となりました。
2007年01月15日
武射神事
『 武射神事 』1月16日 ( 明日 )、上賀茂神社 にて 『 武射神事 』 ( むしゃしんじ ) が行われます。
境内参道横の御幣殿前の芝生に長さ40m余りの射場が設けられ、狩衣、烏帽子姿の神職が裏に “ 鬼 ” と書かれた大的を 矢で射る ことで、悪鬼 や 邪気 を射ち祓って 一年の息災を祈願する神事 です。
武射 は 歩射 ( ぶしゃ ) が転じた言葉で、徒歩で矢を射ることをいいます。 それに対して 流鏑馬 ( やぶさめ ) は騎乗して矢を射ることをいいます。
威風堂々とした構えから放たれる矢が見事に的を射抜くと、射場には歓声が沸きあがります。
『 武射神事 』
1月16日(火)







