2016年10月12日

10/10(月・祝) ≪ 比叡山を望む借景庭園 ≫ in 正伝寺

西賀茂さんぽでは、比叡山借景 とする 名庭 が広がる 正伝寺 へ。

正伝寺庭園


しばらくすると、うろこ雲 が青空に美しく広がっていきました。。。



いや~、深まる秋 を感じる 絶景との出逢い でした ( 笑 )
  

Posted by 若村 亮  at 22:42Comments(0)上賀茂・紫野らくたび日記

2016年10月12日

10/10(月・祝) ≪ 紀州梅の奉納 ≫ in 上賀茂神社

月曜日&火曜日は、ともに現地散策講座で 西賀茂エリア の散策へ。

上賀茂神社


月曜日の祝日には 神馬 がいて、人参 をあげることができました ( 笑 )



お~、この御一行様は何でしょうか???



紀州の梅 を上賀茂神社に奉納する御一行様でした!



辺りの参拝者にも、梅飴や梅干しをたくさん配っていました ( 笑 )



美味しくいただきました~、ありがとうございました!
  

Posted by 若村 亮  at 22:34Comments(0)上賀茂・紫野らくたび日記年中行事

2015年12月05日

京都さんぽ ≪ あぶり餅 ≫

最後はやっぱり、花より団子でしょうか~?! ( 笑 )

名物 あぶり餅


大徳寺の北、今宮神社門前名物 として親しまれる あぶり餅 をいただいて、本日の京都さんぽは無事に終了しました~♪
  

Posted by 若村 亮  at 19:15Comments(2)上賀茂・紫野和菓子

2015年12月05日

京都さんぽ ≪ 御土居跡から大徳寺へ ≫

洛中と洛外を隔てた 御土居 の一部が北野天満宮の北に現存しています。

御土居


本日は京都さんぽが開催されまして、北野天満宮 から 紙屋川 に沿って 御土居跡 を歩き、宮内庁関係花山天皇陵近衛天皇火葬塚後冷泉天皇火葬塚媞子内親王火葬塚 と参拝して、洛北随一の禅寺・大徳寺 へ行ってきました。

大徳寺塔頭・高桐院 では、まだ 紅葉楽しむ ことができました~ ( 笑 )
  

Posted by 若村 亮  at 19:10Comments(0)西陣・北野上賀茂・紫野らくたび日記

2011年10月28日

大徳寺塔頭・孤篷庵

 『 大徳寺塔頭 ・ 孤篷庵 』

  洛北随一の禅寺・大徳寺 の境内に建つ 塔頭 ( 小院 ) のひとつ 『 孤篷庵 』 ( こほうあん ) は、慶長17 ( 1612 ) 年、大名茶人 として知られる 小堀遠州 ( こぼりえんしゅう ) が 大徳寺塔頭・龍光院 内に 自らの菩提所 を建立したことに始まります。

  茶室・忘筌席 ( ぼうせんせき ) は、金地院・八窓席曼殊院・八窓席 と並んで 京都三名席のひとつ に数えられ、九畳と三畳の相伴席 ( しょうばんせき ) からなる十二畳の広間の茶席で、茶室から眺める庭園には手水鉢や石灯籠を配した趣深い茶室として知られています。

10/29(土) 京都さんぽ ≪ 大徳寺・孤篷庵 ※8年ぶりの特別公開 ≫

詳細&お申し込みは、らくたびHP( こちら )へ
  

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2011年10月27日

紫竹牛若町

 『 紫竹牛若町 』

  平治元 ( 1159 ) 年、源氏の棟梁 ( とうりょう : 一族を率いる者 )・源義朝 ( みなもとのよしとも ) と 常盤御前 ( ときわごぜん ) の間に生また男の子は 牛若丸 ( うしわかまる : のちの 源義経 ) と名付けられました。

  現在の 紫竹牛若町 ( 京都市北区 ) 辺りが 牛若丸誕生の地 と伝えられ、今も 産湯の水 を汲んだと伝えられている 井戸 が町中に残っています。

  その他、母・常盤御前 が牛若丸の安産を祈願した 常磐地蔵 を安置する 常徳寺 や、常盤御前の守り本尊・腹帯地蔵 を安置する 光念寺 など、ゆかりの寺院が歴史を伝えています。

10/29(土) 京都さんぽ ≪ 紫竹牛若町 ≫ へ!

詳細&お申し込みは、らくたびHP( こちら )へ
  

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2010年05月28日

玄武神社

 『 玄武神社 』

  古代中国では 東西南北四神 ( しじん ) が宿る と考え、北を守護する神玄武 ( げんぶ )、青龍 ( せいりゅう )、朱雀 ( すざく )、西白虎 ( びゃっこ ) と呼び、各方角に四神を厚く祀ってきました。

  紫野に鎮座する 『 玄武神社 』 は、平安京の北に位置して 北方守護の神 として崇められたことから社名が名付けられました。

  祭神として第55代・文徳天皇 ( もんとくてんのう ) の皇子・惟喬親王 ( これたかしんのう ) を祀ることから 別名・惟喬社 とも呼ばれています。

地図 : 玄武神社
  

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2009年10月17日

笠懸

 『 笠懸 』

  『 笠懸 』 ( かさがけ ) とは、疾走する馬上から射手が的を狙う 日本古来の弓馬術 で、日本書紀にも記述が見られます。

  馬に騎乗した射手は、馬上から水平に矢を放って的を射る 遠笠懸 ( とうかさがけ ) と、地面低くに立てられた的を射る 小笠懸 ( こかさがけ ) があり、笠懸流鏑馬 より 実戦的な弓馬術 として知られています。

  上賀茂神社笠懸神事 は関西唯一の笠懸行事で、神社奉納としては全国唯一となります。

『 笠懸神事 』 上賀茂神社
   10月18日(日) 13時~
  

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2009年05月09日

大田神社

 『 大田神社 』

  神話に登場する “ 天鈿女命 ( あめのうずめのみこと ) は、天照大神 ( あまてらすおおみかみ ) が天の岩屋に隠れた時に岩屋の前で賑やかに踊った女神であり、そこから 伎芸の守護神 とされています。

  『 大田神社 』“ 天鈿女命 ”祭神 とし、芸能上達の御利益 ( その他、方除や病気平癒 ) があるとされています。

  境内の 大田ノ沢 には古くから カキツバタ が群生し、歌人の 藤原俊成 は・・・

     神山や 大田の沢のカキツバタ
       ふかきたのみは 色に見ゆらむ

  と歌に詠んでいます。 現在では国の天然記念物に指定され、まもなく見頃を迎えます ( 毎年5月中旬が見頃 ) 。  

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2009年05月01日

心光院

 『 心光院 』

  岩倉の 『 心光院 』 ( しんこういん ) は、江戸初期の正保2 ( 1645 ) 年に創建された浄土宗の寺院で、約200年ほど前から尼寺としての歴史を受け継いでいます。

  本尊・阿弥陀如来像 ( 重文 ) は平安後期の作で、ふくよかな顔立ちをした和様彫刻の貴重な仏像です。

  また、脇侍として阿弥陀如来像の両脇に祀られている 観音菩薩像勢至菩薩像 は、江戸初期の作とされ、正座から立ち上がろうとする時の 跪座 ( きざ ) や 大和座り と呼ばれる珍しい独特の座り方をしています。


『 春季京都非公開文化財特別拝観 』  京都市内各社寺
  5月1日 ( 金 ) ~ 10日 ( 日 ) 午前9時 ~ 午後4時
  心光院は普段非公開で、上記期間中に初公開されます
  その他、実相院・書院や智積院・大師堂など、
  市内各社寺の非公開文化財が多数公開されます

  詳しくは 古文化保存協会HPこちら ) へ
  岩倉・心光院の地図は こちら
  

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2008年11月22日

光悦寺

 『 光悦寺 』

  安土桃山から江戸初期にかけて活躍した 本阿弥光悦 ( ほんあみこうえつ ) は、家業の刀剣鑑定の他にも陶芸・書画・漆芸など諸芸に優れた才能を発揮しました。

  元和元 ( 1615 ) 年、光悦は 徳川家康 から 鷹峯 ( たかがみね ) の地を与えられ、多くの工芸家とともに 芸術村 ( 通称 : 光悦村 ) を築きました。

  その後に光悦が亡くなると鷹峯に 『 光悦寺 』 が創建され、現在は秋になると境内が赤く染まる 紅葉の名所 として知られています。

地図 : 光悦寺  

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2008年11月18日

大仙院

 『 大仙院 』

  大徳寺の塔頭 『 大仙院 』 ( だいせんいん ) は、永正6 ( 1509 ) 年、近江六角氏の出身である 古岳宗亘 ( こがくそうこう ) 禅師 によって創建されました。

  古岳宗亘禅師は後柏原天皇をはじめ、公家や武家からも厚い信仰を集め、天文5 ( 1536 ) 年には後奈良天皇から 大聖国師 の称号を与えられ、以後、大仙院からは多くの名僧を輩出しました。

  書院の東北庭は、限られた空間に高い作庭技法と意匠が見られ、室町時代を代表する枯山水庭園 です。

地図 : 大仙院  

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2008年11月16日

高桐院

 『 高桐院 』

  大徳寺の塔頭 『 高桐院 』 ( こうとういん ) は、慶長6 ( 1601 ) 年、細川忠興 が父・細川藤孝 の菩提を弔うために、藤孝の弟にあたる 玉甫紹琮 ( ぎょくほじょうそう ) を開山として創建しました。

  正保2 ( 1645 ) 年、細川忠興は83歳で亡くなり、遺言によって高桐院の境内西の墓地に遺骨が埋葬され、妻・ガラシャ夫人 とともに眠っています。

  客殿の南庭は秋になると紅葉に染まり、落ちた紅葉が苔の緑を覆い隠し、一面の 散紅葉 となります。

地図 : 高桐院  

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2008年09月03日

大徳寺

 『 大徳寺 』

  臨済宗大徳寺派大本山『 大徳寺 』 ( だいとくじ ) は、正和4 ( 1315 ) 年、禅僧・宗峰妙超 ( しゅうほうみょうちょう : 大燈国師 ) によって開かれ、花園天皇や後醍醐天皇の勅願寺となりました。

  室町時代の 応仁の乱 によって一時荒廃しましたが、禅僧・一休宗純 の尽力によって見事に復興しました。

  その後、豊臣秀吉 によって 織田信長の葬儀 が大徳寺で行なわれると、戦国武将による塔頭寺院の建立が相次ぎ、隆盛を極めました。

地図 : 大徳寺  

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2008年07月21日

神光院 きゅうり封じ

 『 神光院 きゅうり封じ 』

  京都三弘法 ( 東寺・仁和寺・神光院 ) のひとつとして知られる 神光院 ( じんこういん ) は、本尊として弘法大師像が祀られ、厄除け大師 として信仰されています。

  神光院では毎年7月21日と土用の丑の日に 弘法大師きゅうりに病苦を封じ込めて病を取り除いた という 『 きゅうり封じ 』 が行われています。

  きゅうりに氏名・年齢・病名を書いて白い紙に包み、祈祷を受けて身体の悪い部分をなでて土に埋めると病気を封じこめるといわれています。

地図 : 神光院  

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2008年05月19日

神光院

 『 神光院 』

  西賀茂の弘法さん と親しまれる 『 神光院 』 ( しんこういん ) は、建保5 ( 1217 ) 年に創建された真言宗の寺院です。

  本尊・弘法大師像は、弘法大師空海が42歳の時に自ら彫った木像と伝えられ、厄除け大師 として厚い信仰を集めてきました。

  境内には、江戸後期から幕末の女流歌人として知られ、家族と死別した後に出家をして生涯を送った 大田垣蓮月 ( おおたがきれんげつ ) の隠棲した茶所が残されています。

地図 : 神光院  

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2008年05月10日

カキツバタ

 『 カキツバタ 』

  上賀茂神社境外摂社 ( けいがいせっしゃ : 本社の敷地外に鎮座するが、本社に付属し、本社の祭神と縁故の深い神様を祀る神社のこと ) となる 大田神社 ( おおたじんじゃ ) は、天鈿女命 ( あめのうずめのみこと : 天照大神が天の岩屋に隠れた際に岩屋の前で賑やかに踊った女神 : 技芸の神様 ) が祭神として祀られ、芸能上達の御利益 ( その他に方除や病気平癒 ) として信仰されています。

  境内の 大田ノ沢 には古くから 『 カキツバタ 』 が群生し、現在は国の天然記念物に指定されています。

地図 : 大田神社  

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2008年05月05日

賀茂競馬

 『 賀茂競馬 』

  葵祭 にまつわる神事のひとつとして、上賀茂神社で毎年5月5日に執り行われている 『 賀茂競馬 』 ( かもくらべうま ) は、堀河天皇の御世、寛治7 ( 1093 ) 年に宮中行事として行われていたものが神社に奉納されて以来続く伝統の神事です。

  午後1時頃から社頭で 「 競馬会神事 」 として様々な儀式が執り行われ、午後2時頃から馬場において2頭づつ馬が速さを競う 「 競馳 」 ( きょうち ) が行われます。

『 賀茂競馬 』  上賀茂神社
   5月5日 ( 月・祝 )
     競馬会神事 13時頃~
     競馳 14時頃~  

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2008年02月14日

瑞峯院

 『 瑞峯院 』

  大徳寺の塔頭 『 瑞峯院 』 ( ずいほういん ) は、天文4 ( 1535 ) 年、豊前豊後 ( 現在の福岡県東部と大分県 ) の領主で キリシタン大名 として知られた 大友宗麟 ( そうりん ) が、深く帰依していた大徳寺の徹岫宗九 ( てっしゅうそうきゅう ) 禅師を開祖に迎えて、自らの菩提寺として創建しました。

  方丈南庭重森三玲氏 の作庭による 昭和の名庭 で、「 独坐庭 」 ( どくざてい ) と呼ばれ、大刈込と巨石で蓬莱山と半島をあらわし、そこに打ち寄せる荒波を砂紋で描いています。

地図 : 瑞峯院


らくたび文庫 No.002
『 京の庭NAVI -枯山水庭園編- 』

ときを越えて、
  あなたを待つのは京の庭


日本の庭園は、美の空間である海外のガーデンとは異なり、想いや願いを込めて作られた “ ハート ” の空間。 とりわけ京都は素晴らしい庭園の宝庫です。 それは、京都が永く日本の都として栄えてきた証し。 どの庭園からも必ず、なにがしかのメッセージが発せられます。 それを感じながら、思索をめぐらせてください。 まずは、京都が誇る枯山水庭園から!

著者 : 若村亮 / 写真 : 福尾行洋
88ページオールカラー
本体価格 ( 税込 ) : 500円
詳細は こちらへ   

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2008年01月14日

立砂

 『 立砂 』

  上賀茂神社 の細殿 ( ほそどの ) の前にある 『 立砂 』 ( たてすな ) は、砂を円錐形に盛り上げたもので、賀茂の神が天から降臨した と伝えられる 神山 ( こうやま : 上賀茂神社の北側にある円錐形の美しい山 ) をかたどったものといわれ、依り代 ( よりしろ : 神様が招き寄せられて乗り移るもの ) とされています。

  この立砂が、鬼門 ( きもん : 北東の方角、忌み嫌われる方角 ) などに撒く 「 清めの砂 」 の起源であり、玄関などに盛る 「 盛り塩 」 の起源でもあります。  

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2007年12月24日

終い天神

 『 終い天神 』

  菅原道真 を祀る 北野天満宮 では、毎月25日に 「 天神 ( てんじん ) さん 」 という縁日が催されており、今年最後となる明日 ( 12月25日 ) の縁日は 『 終 ( しま ) い天神 』 と呼ばれて多くの人びとが参拝に訪れます。

  神社の境内には露店が所狭しとならび、しめ飾り鏡餅 などの正月用品を買い求める人びとで賑わいをみせます。 まだ薄暗い早朝から商いを始める露店もあり、骨董好きの人は懐中電灯を片手に熱心に見て歩きます。

  明日の北野天満宮は、早朝から深夜まで熱気に包まれます。  

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2007年11月23日

光悦寺

 『 光悦寺 』

  安土桃山から江戸初期にかけて活躍した 本阿弥光悦 ( ほんあみこうえつ ) は、代々本阿弥家が家業としてきた 刀剣鑑定 の他に、陶芸書画漆芸 など様々な文化・工芸に優れた才能を発揮しました。

  元和元 ( 1615 ) 年、光悦は 徳川家康 から 鷹峯 ( たかがみね ) の地を与えられ、数多くの工芸家とともに芸術村 ( 通称 : 光悦村 ) を形成しました。

  その後に光悦が亡くなると鷹峯に 『 光悦寺 』 が創建され、現在は秋になると境内が赤く染まる 紅葉の名所 としても知られています。

地図 : 光悦寺  

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2007年10月15日

やきもち

 『 やきもち 』

  昔、上賀茂神社の門前に店を構える主人はとても浮気者で、それに妬く奥さんはいつも主人に対して小言を言っていました。

  とうとう主人は奥さんに 「 妬いてるヒマがあったら餅でも焼いたらどうや! 」 と言い、そう言われた奥さんは本当に 「 やきもち 」 を焼いて店で売り始めました。

  こんがりと焼いた香ばしい 「 やきもち 」 は多くの参詣者に大評判となり、以来、「 やきもち 」 は 上賀茂神社の門前名物 となり、また先ほどの話しから 浮気の虫封じ になるともいわれています。  

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2007年09月08日

相撲

 『 相撲 』

  『 相撲 』 の歴史は古く、神々が腕を取って投げ合う相撲が神話として伝えられ、日本書紀には人が相撲で争う様子が記されています。

  相撲は 神事 としての性格が強く、祭りで 五穀豊穣豊漁 を相撲の勝ち負けで占ったり、平安時代の宮中では 「 相撲の節会 」 ( すまいのせちえ ) が行なわれていました。

  上賀茂神社「 烏相撲 」 ( 9月9日 ) は、烏が踊るように神職が横跳びをしたのち 「 カーカーカー 」 と烏鳴きをする珍しい神事が見られ、その後に子供による相撲が行われます。

『 烏相撲 』  上賀茂神社
   9月9日10時~ 重陽神事  11時~ 烏相撲  

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2007年09月05日

やきもち

 『 やきもち 』

  上賀茂神社の門前名物 「 やきもち 」 は、柔らかい餅で小豆の粒あんをやさしく包んだシンプルな焼き餅ですが、焼きたての香ばしさは絶品です。

  上賀茂神社の神紋 「 双葉葵 」 ( ふたばあおい ) にちなみ、やきもちの正式名称は 「 葵餅 」 ( あおいもち ) といい、上賀茂神社前の 神馬堂葵屋やきもち本舗 で販売されています。

  明治5 ( 1872 ) 年創業の 「 神馬堂 」 ( じんばどう ) は、馬に縁のある神事が上賀茂神社で行なわれることから名付けらたそうです。  

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2007年08月27日

円通寺

 『 円通寺 』

  庭園の外にある自然風景を、庭園の景色の一部として取り入れる作庭技法を 借景 ( しゃっけい ) と言います。

  例えば、壮大な山を借景とすることによって、庭園という限られた空間は 無限の奥行きスケール を持つ空間に変わります。

  比叡山を借景とする名庭 で知られる 『 円通寺 』 ( えんつうじ ) は、江戸初期、後水尾上皇 が京都で最も比叡山が美しく見える場所を探し巡り、唯一無二の場所に営んだ離宮 ・ 幡枝御殿 ( はたえだごてん ) が寺院に改められたものです。

地図 : 円通寺  

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2007年05月13日

双葉葵と三葉葵

 『 双葉葵と三葉葵 』

  水を司る神 として信仰される 賀茂の神 は、古くから水害の多い地方を中心に 賀茂信仰 として広まりました。

  徳川将軍家 の出身地は 三河国 といい、その名の通り河川が多い地域で、古くから 賀茂信仰の盛んな地方 でした。

  厚く信仰していた賀茂社の神紋 「 双葉 ( ふたば ) 葵 」 にちなみ、徳川家は家紋を 「 三葉葵 」 に定めたと伝えられています。

  慶長15 ( 1610 ) 年、徳川家康の命により京都の賀茂社から自生の双葉葵が駿府城へと献上され、以来 「 葵使 ( あおいつかい ) として毎年献上されました。  

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2007年05月07日

大田神社

 『 大田神社 』

  神話に登場する “ 天鈿女命 ( あめのうずめのみこと ) は、天照大神 ( あまてらすおおみかみ ) が天の岩屋に隠れた時に岩屋の前で賑やかに踊った女神であり、そこから 伎芸の守護神 とされています。

  『 大田神社 』“ 天鈿女命 ”祭神 とし、芸能上達の御利益 ( その他、方除や病気平癒 ) があるとされています。

  境内の 大田ノ沢 には古くから カキツバタ が群生し、歌人の 藤原俊成 は・・・

     神山や 大田の沢のカキツバタ
       ふかきたのみは 色に見ゆらむ

  と歌に詠んでいます。 現在では国の天然記念物に指定され、まもなく見頃を迎えます ( 毎年5月中旬が見頃 ) 。

地図 : 大田神社  

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2007年05月03日

斎王

 『 斎王 』

  伊勢神宮賀茂神社 の祭祀 ( さいし ) に奉仕した 未婚の内親王 ( ないしんのう : 天皇の姉妹や皇女など皇室の女性 ) を 『 斎王 』 ( さいおう : “ 斎 ” は “ 潔斎して神に仕える ” の意 ) といい、天皇の即位時に吉凶を占って定められ、その天皇一代の間、清らかな身で神社に奉仕していました。

  賀茂神社の斎王は、弘仁元 ( 810 ) 年、嵯峨天皇によって初めて定められ、鎌倉時代初めまで約400年続きました。

  昭和28年、斎王の古制を復活させ、斎王の代理 「 斎王代 」 ( さいおうだい ) として現在では 民間の未婚の女性 が選ばれて祭りを華やかに彩ります。

『 斎王代御禊神事 』 ( さいおうだいみそぎしんじ )
   5月4日  下鴨神社
   葵祭の斎王代が身を清める神事
   十二単を着た斎王代が川に手を浸して身を清めます  

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2007年05月02日

清めの神事

 『 清めの神事 』

  風薫る5月、新緑の美しい京都は 葵祭 ( あおいまつり ) の季節を迎えます。

  祭りの幕開けとなる 3日 流鏑馬神事 ( やぶさめしんじ ) は、疾走する馬上から射手が清め祓いの矢で的を射る神事であり、15日の大祭行列の平穏無事を祈願して行われます。

  4日 斎王代御禊神事、5日 競馬会神事歩射神事、12日 御蔭祭 と、大祭の清めの神事が続き、そして 15日、平安の王朝絵巻の如く華麗で優雅な行列 「 路頭の儀 」 が行なわれます。

  葵祭は、半月に渡って様々な神事が執り行われる壮大華麗な大祭です。

『 流鏑馬神事 』  下鴨神社
   5月3日 ( 木 )
『 斎王代御禊神事 』  下鴨神社
   5月4日 ( 金 )
『 競馬会神事 』  上賀茂神社
   5月5日 ( 土 )
『 歩射神事 』  下鴨神社
   5月5日 ( 土 )  

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