2007年05月08日

鴨川をどり

 『 鴨川をどり 』

  京の花街のひとつ 先斗町 ( ぽんとちょう ) は、鴨川の四条から三条間の西にお茶屋が軒を並べています。 先斗町の紋章は冬の鴨川に飛来する 千鳥 ( ちどり ) をデザイン化したものであり、愛らしさを感じます。

  新緑が京都を美しく彩る5月、先斗町歌舞練場において 『 鴨川をどり 』 が盛大に催され、京都を一層華やかに彩ります。

  明治5 ( 1872 ) 年に始められ、今年で170回目を迎える 「 鴨川をどり 」 は、美しい舞台の上で舞踊劇と優美な舞が披露され、見るものを艶やかな京情緒の世界へと誘います。

地図 : 先斗町歌舞練場  

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2007年02月15日

大極殿

 『 大極殿 』

  平安京の北中央に位置した 大内裏 ( だいだいり ) は、天皇の居所である 内裏 ( だいり ) を中心として 朝堂院 ( ちょうどういん ) や諸官庁が建ち並んでいました。

  朝堂院 の中には 大極殿 ( だいごくでん ) という正殿があり、本来は 天皇が政務を執る所 として使用されていましたが、のちに 天皇の即位式 や、一月一日に臣下から祝賀を受ける 朝賀 ( ちょうが ) の儀式 など、国家の大礼の時にのみ使用されるようになりました。

  治承元 ( 1177 ) 年に平安京の大極殿は焼失し、以後は再建されることはありませんでした。

地図 : 大極殿跡 ( 千本丸太町付近 )  

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2007年01月26日

京都慶應義塾

 『 京都慶應義塾 』

  現在の 京都府庁 の正門を入った左手の木立の中に 『 京都慶應義塾跡 』 と書かれた大きな石碑があります。

  京都慶應義塾 とは、明治7 ( 1874 ) 年、槇村正直 ( まきむらまさなお : 当時の京都府参事、のち京都府知事 ) の要請に応えて 福沢諭吉 が京都に 慶應義塾の分校 を設け、京都府中学校の校舎の一部を借りて設立されました。

  福沢諭吉の高弟 荘田平五郎が経営にあたって 英学算術 などを教えましたが、残念ながら約1年間で閉校となってしまいました。

  その後、明治18 ( 1885 ) 年、京都府庁が現在地へ移転しました。

地図 : 京都慶應義塾跡 石碑  

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2006年12月28日

京の台所 『 錦市場 』

 京の台所 『 錦市場 』

  正月料理を買い求める人びとで賑わう 京の台所 『 錦市場 』 ( にしきいちば ) のある 錦小路 ( にしきこうじ ) は、古くは 具足 ( ぐそく : 家具や調度品のこと ) を売る店が並んでいたことから 具足小路 と呼ばれていました。

  その後、いつしか四条通の南にある 綾小路 ( あやのこうじ ) に対して 錦小路 と呼ばれるようになったと伝えられています ( 諸説あり )。

  付近は 清冷な地下水 が豊富に湧き出ることから魚や鳥の貯蔵に適し、安土桃山時代頃から 魚鳥市場 として栄えはじめ、江戸時代には幕府より 魚問屋の称号 が許されて本格的な 魚市場 となりました。

地図 : 錦市場  

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