2007年01月14日

通し矢

 『 通し矢 』

  江戸時代の初め、三十三間堂 の長いお堂の端から端へ矢を射通す 『 大矢数 』 が始まりました。

  一昼夜 でどれだけ 的を射通せるか・・・、我こそ天下一と全国から弓自慢の武士が集まり、記録を破った者は堂内に 『 総一 』 ( 天下一 ) の額を掲げました。

  そしてついに誰も破れない大記録が誕生したのです! 貞享3 ( 1868 )年、紀州藩の 和佐大八郎 ( 弱冠18歳 ) が、なんと一昼夜で 13053本の矢を放ち、うち 8133本を見事に射通した のです。

  今も堂内天井に残る 『 総一 』 の額は、武士の魂と誇りなのです。

『 通し矢 』 ( 弓引き初め )  三十三間堂
   1月14日
  

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2006年12月11日

六波羅

 『 六波羅 』

  六波羅 は、平安末期に 「 平家にあらずんば人にあらず 」 と豪語して全盛を極めた平清盛以下 平家一門が五千を超える邸宅群を築いた場所 でした。

  今でも周辺の地名にその歴史の名残を見ることができます。

  平頼盛 の通称 池殿 の邸宅があった 「 池殿町 」
   平教盛 の邸宅は 惣門の脇にあったので 「 門脇町 」
     平家三兄弟 清盛・頼盛・教盛 の邸宅があった 「 三盛町 」

  平清盛が太政大臣となった全盛期から わずか18年で平家一門は壇ノ浦にて滅亡しました。

  六波羅の地名は、世の理である 盛者必衰 を今に伝えています・・・。

地図 : 池殿町 / 門脇町 / 三盛町
  

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2006年11月20日

地主神社

 『 地主神社 』

  清水寺本堂の裏に鎮座する 『 地主神社 』 ( じしゅじんじゃ ) は、平安時代より 縁結びの神様 として知られ、平安女流文学を彩る 紫式部和泉式部 なども 恋の成就を願って参詣 したと伝えられています。

  本殿前の左右にある二つの石は 「 恋占いの石 」 といい、目を閉じて石から石へ無事たどり着けば 恋が成就する と伝えられています。

  秋と言えば 「 実りの秋 」 で、古くから 「 秋は恋も実る 」 とされてきました。

  真っ赤な紅葉に包まれた 清水寺地主神社 へ参拝し、真っ赤に燃えるような 「 恋の実り 」 の祈願はいかがですか?

『 もみじ祭 』  地主神社
   11月23日 ( 木・祝 )
   清水寺一帯の紅葉の美しさをたたえて
   恋の実りを祈願します  

Posted by 若村 亮  at 12:00Comments(0)清水寺付近