2007年07月05日

祇園社

 『 祇園社 』

  八坂神社 は、明治維新までは 祇園社 ( ぎおんしゃ )、祇園感神院 ( ぎおんまんじんいん )、祇園天神社 ( ぎおんてんじんしゃ ) などと呼ばれており、明治元 ( 1868 ) 年に明治政府から発布された神仏分離令にともない、現社名の八坂神社となりました。

  “ 祇園 ” という言葉は “ 祇園精舎 ” ( ぎおんしょうじゃ : 釈迦が説法をしたと伝わるインドの聖なる寺院 ) に由来しているため、仏教用語を用いる名前を避けて、地名の八坂より八坂神社とされました。  

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2007年04月17日

御忌大会

 『 御忌大会 』

  知恩院で執り行われる法要の中でも特に重要な法要といえば、浄土宗祖の法然上人が亡くなった日を期して上人の遺徳を偲ぶ忌日法要 である 『 御忌大会 』 ( ぎょきだいえ ) です。

  御忌 ( ぎょき ) とは天皇や皇后など高貴な人の忌日法要 ( 命日に行う法要 ) を意味していましたが、大永4 ( 1524 ) 年に後柏原天皇より “ 知恩院にて法然上人の御忌を勤めよ ” という詔 ( みことのり : 天皇の言葉 ) があり、以後、法然上人の忌日法要を 「 御忌法要 」 として執り行ってきました。

『 御忌大会 』 ( ぎょきだいえ )  知恩院
   4月18日 ( 水 ) ~ 25日 ( 水 )
   宗祖法然上人の忌日に当たり、大鐘を鳴らして
   上人の徳を偲ぶ伝統の忌日法要

『 ミッドナイト念仏 in 御忌 』  知恩院 国宝 三門楼上
   4月18日 ( 水 ) 20時 ~ 翌朝19日 ( 木 ) 7時まで
   参加費 無料、申込み不要
   夜空に浮かぶ国宝の三門楼上にて、
   法然上人のお徳をしたう別時念仏会が行われる
   ※ 真夜中に三門楼上でお会いしましょう ( 笑 )!  

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2007年04月01日

都をどり

 『 都をどり 』

  枝垂れ桜が京の春を彩り始め、いよいよ京の花街 ・ 祇園の歌舞練場では “ ヨーイヤサァー ” の掛声とともに 『 都をどり 』 が華やかに開催されます。

  春の到来を告げる 『 都をどり 』 は、明治5 ( 1872 ) 年、京都博覧会で芸舞妓さんが舞や歌を披露したのが始まりで、今年で135回目を迎えます。

  叱られて 悲しきときは 円山に
       泣きにゆくなり をさな舞姫
          - 吉井勇 「 祇園歌集 」 より-

  芸舞妓さんの優美な舞い姿は、底冷えの寒い冬も欠かさず続けてきた厳しいお稽古の賜物なのです。 今年も一層、京の春を華やかに彩ります。

『 都をどり 』  祇園甲部歌舞練場
   4月1日 ~ 30日 1日4回公演
   入場料金 : 茶券付特等観覧券 4300円
           他、3800円、1900円  

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2007年03月29日

白川夜船

 『 白川夜船 』

  江戸時代、裕福な 江戸の町衆 のあいだで旅行が流行り、なかでも 憧れの京都 から帰ってきた旅人の話は町中の話題となりました。

  ある日、お調子者が人から聞いた京都の話を、さも自分が行ってきたかのように得意げに話していると 「 白川はどうだった? 」 と問われ、「 夜船で寝て白川を下ったのでわからない 」 と答えて笑い者になりました。

  白川 とは祇園を流れる清らかな小川であり、とても船で下るような川ではありません。 それ以来、知ったかぶりの事『 白川夜船 』 ( しらかわよふね ) というようになりました。

地図 : 祇園白川  

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2007年03月25日

高山彦九郎

 『 高山彦九郎 』

  三条大橋の東詰には、京都御所の方向を望んで拝する 『 高山彦九郎 』 ( たかやまひこくろう ) の姿を造形した銅像があります。

  高山彦九郎 ( 1747-1793年 ) は江戸時代中期の 勤皇家 で、諸国を歩いて 勤皇 ( きんのう : 天皇に忠誠を尽くすこと ) を唱えました。 また、当時の天皇家の衰微を嘆いていたとも伝えられています。

  林子平 ( はやししへい : 海外事情に通じ、経済政策などを進言した経世家 )、蒲生君平 ( がもうくんぺい : 幕末尊王論の先駆となった尊王論者 ) とともに 寛政の三奇人 の一人に数えられています。

地図 : 高山彦九郎銅像  

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2007年03月12日

円山公園

 『 円山公園 』

  八坂神社の東に位置する 円山公園 ( まるやまこうえん ) は、平安時代の昔より 真葛ヶ原 ( まくずがはら ) と呼ばれ、一面に真葛やすすきが生い茂る閑寂な地でした。

  平安末期、比叡山で修行を終えた 法然上人 がここに 吉水草庵 を結んで浄土念仏を唱え、鎌倉時代には草庵跡が 慈円 により 慈円山安養寺 ( じえんさんあんようじ ) となりました。

  江戸時代になると一帯は “ 慈円山 ” より “ 円山 ” ( まるやま ) と呼ばれるようになり、明治から大正にかけて公園として造園され、現在は 夜桜の名所 として親しまれています。

地図 : 円山公園 / 慈円山安養寺  

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2007年01月30日

天明の大火

 『 天明の大火 』

  京都の歴史上で最大の被害となった火災 『 天明 ( てんめい ) の大火 』 は、天明8 ( 1788 ) 年 1月30日 ( 今日 ) の早朝、鴨川の東の 団栗辻子 ( どんぐりのづし : 現在の四条大橋の南、団栗橋付近 ) の民家から出火しました。

  火は強い東風に吹かれて西へと燃え広がり、北は 鞍馬口通、南は 七条通、東は 鴨川東、西は 千本通 という広大な範囲が焼け野原となってしまいました。

  諸説ありますが、天明の大火によって 焼失した家屋は18万戸 ともいわれ、京都御所二条城 なども炎上し、その復興には長い時間がかかりました。

地図 : 団栗辻子  

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2007年01月07日

えびすさん

 『 えびすさん 』

  七福神の一神である 『 えびすさん 』 は、古くは 豊漁の神様 として漁民の信仰を集めていました。

  ゆえに 商売繁盛の神様 として広く信仰されている現在でも、えびすさんは 右手に釣り竿 を、左手に鯛 ( たい ) を抱えた姿をしています。 神前に大きな ( まぐろ ) などを奉納するのも、豊漁の神様の名残といえます。

  京都の 恵美須神社 ( えびすじんじゃ ) では、8~12日に 「 初ゑびす 」 が行なわれ、商売繁盛を願う多くの参拝者が訪れて、境内は “ 商売繁盛、笹持って来い! ” の掛け声が飛び交って賑わいます。

『 初ゑびす 』  恵美須神社
   8日  餅つき神事 ・ 湯立て神楽
   9日  宵ゑびす祭
   10日 初ゑびす大祭
   11日 のこり福祭
   12日 撒福祭
  

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2007年01月05日

花街の始業式

 『 花街の始業式 』

  昨日 もしくは 本日からオフィス街は本格的に始業していますが、祇園など 花街 の芸舞妓さんの一年は7日の 『 始業式 』 で始まります ( 上七軒のみ9日 )。

  正装である 黒紋付の着物 を装い、髪には 稲穂の簪 ( いなほのかんざし ) を挿して、芸舞妓さんが一同に会する歌舞練場へと向います。 始業式では挨拶を交わし、お神酒祝いの昆布するめ をいただき、今年一年の精進を誓います。

  始業式が終わると、日頃お世話になっているお茶屋さんへ挨拶に向います。

   おめでとうさんどす。
     今年もよろしくおたのもうします。

  祇園では、芸舞妓さんの晴れやかな新年の挨拶が聞こえてきます。

※写真は 「 八朔 」 の時の黒紋付。
  

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2006年12月29日

をけら詣り

 『 をけら詣り 』

  『 をけら詣り 』 とは、大晦日から元旦の未明にかけて 八坂神社 を参詣し、釣り灯籠に焚かれた 神火 ( しんか : けがれのない火 ) を縄に移して家に持ち帰る習わしです。

  神火は をけら火 といわれ、薬草の 白朮 ( おけら ) が一緒に燃やされて少し刺激的な香りがすることから 厄除けの神火 とされ、その火で元旦の 雑煮 を焚いて新年の 無病息災 を願います。

  をけら詣りは 悪口祭 ともいわれ、昔は参詣人が “ 争わず 恨まず ” の約束で互いの悪口を言い合い、相手を言い負かすと新年は好運に恵まれるとされ、すっきりした気分で新年を迎えようという庶民の間に伝えられた習わしです。

『 をけら詣り 』  八坂神社
   12月31日
  

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2006年12月26日

知恩院の大梵鐘

 『 知恩院の大梵鐘 』

  浄土宗総本山 知恩院梵鐘 は、江戸時代初期の寛永13 ( 1636 ) 年に鋳造され、高さ 3.3m、口径 2.8m、重さ 70トンを超える日本最大級の規模を誇り、日本三大梵鐘 ( 東大寺、方広寺、知恩院 ) のひとつに数えられています。

  大晦日の22時40分より 除夜の鐘 が撞かれますが、僧侶16人が子綱を一斉に引き親綱を持つ僧侶が後向きに飛んで梵鐘を撞く光景はまさに圧巻 です。

  毎年、本番の大晦日を前にした 12月27日に 梵鐘の試し撞き が行われ、“ 撞けば 20分間も余韻が残る ” といわれる梵鐘の大きな音が辺りに響き渡ります。

『 試し撞き 』  知恩院 大鐘楼
   12月27日 14時~

『 除夜の鐘 』  知恩院 大鐘楼
   12月31日 22時40分~
  

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2006年12月23日

御身拭式

 『 御身拭式 』

  平安時代末期、仏法修行を終えた 法然上人 は比叡山を下り、黒谷 ( 現、金戒光明寺 ) や 吉水 ( 現、知恩院 ) に小さな庵を組んで 念仏道場 としました。

  法然上人は “ 南無阿弥陀仏の念仏をひたすら唱えれば、誰でも阿弥陀仏に救われる ” という 『 専修念仏 』 ( せんじゅねんぶつ ) の教えを民衆に説き、それまで貴族や権力者など特権階級のものであった仏教を民衆のものとしました。

  12月25日 ( 明後日 )、浄土宗総本山 知恩院 では 『 御身拭式 』 ( おみぬぐいしき ) が行なわれ、法然上人像を香染めの羽二重で拭いて新年の多幸を祈ります。

『 御身拭式 』  知恩院
   12月25日 13時~  

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2006年12月12日

二条城の出城

 『 二条城の出城 』

  浄土宗総本山 知恩院 は、浄土宗の開祖 法然上人 の亡き後、弟子の源智が法然の草庵跡に建立した寺院です。

  江戸時代には 徳川将軍家の絶大なる庇護 の下で次第に伽藍が整えられ、現在のような大寺院へと発展しました。

  一説には 知恩院二条城 ( 徳川将軍家の京都の居城 ) は 秘密の地下道 で行き来ができ、いざと言う時、知恩院は二条城の出城になる・・・ という伝説が残されています。

  圧倒的な三門、急勾配の石段、そそり立つ石垣・・・、確かに知恩院には城郭のような雰囲気が漂っています。

地図 : 知恩院
  

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2006年12月02日

南座 顔見世興行

 『 南座 顔見世興行 』

  京の師走の風物詩 と言えば、南座 で行われる 歌舞伎『 顔見世 』 興行です。

  江戸時代、各座の歌舞伎役者は 旧暦11月から 1年間の契約 を結び、その月初めの舞台において 新しい顔ぶれで口上 ( こうじょう : 舞台上から挨拶を述べること ) したことから 「 顔見世 」 と呼ばれるようになりました。

  南座の正面には 縁起の良い 「 勘亭流 」 という書体で書かれた 歌舞伎役者の名札 「 まねき 」 が掲げられ、隙間のない太い文字で興行の満員大入りを願い、文字の撥ね ( はね ) を全て内向きに撥ねてお客さんが会場に入ることを願っています。

  師走の到来を告げる南座の 「 まねき 」 です。

『 吉例顔見世興行 』  南座
   11月30日 ~ 12月26日   

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2006年11月09日

団栗焼け

 『 団栗焼け 』

  江戸時代、35万人の人びとが暮らした京の町は、俗に 「 鰻の寝床 」 ( うなぎのねどこ ) と呼ばれる細長い町家が隙間なく建ち並び、ゆえに 火災にとても弱い町 でもありました。

  天明8 ( 1788 ) 年、四条大橋近くの 「 団栗の辻 」 ( どんぐりのつじ ) で発生した 火災は強風で一気に京の町全体に燃え広がり3日間で10万戸、じつに 町の5分の4を焼失する という大火災となりました。

  天明の大火 は、火元が団栗の辻であったことから 『 団栗焼け 』 とも呼ばれています。

  11月9日 ( 今日 ) は 「 119 」 で 「 消防の日 」 です。  

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2006年11月08日

かにかくに祭

 『 かにかくに祭 』

   かにかくに
     祇園は恋し 寝るときも
        枕のしたを水のながるる
                  - 吉井勇 -

  祇園をこよなく愛した歌人 吉井勇 ( よしいいさむ : 1886年-1960年 ) は、祇園白川沿いのお茶屋 大友 ( だいとも : 戦時中の疎開により廃業 ) の女将 磯田多佳 ( いそだたか ) と親交深く、しばしば大友の奥座敷で横になり、張り出した床の下を流れる白川のせせらぎを静かに聞きながら過ごしていた、といわれています。

  かつて大友のあった場所には現在、吉井勇の古希 を祝って友人の 谷崎潤一郎 らが昭和30 ( 1955 ) 年に建立した石碑が立ち、毎年11月8日 ( 今日 : 石碑建立の日 )、祇園甲部の芸舞妓が白い菊を石碑に手向けて吉井勇をしのぶ 『 かにかくに祭 』 が行われています。

『 かにかくに祭 』  祇園白川
   11月8日
   「 かにかくに 」 と刻まれた歌碑の前で、
   祇園をこよなく愛した明治の歌人吉井勇をしのぶ集い。
   多くの芸舞妓が参列して献花などが行われる。

   

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2006年11月02日

祇園をどり

 『 祇園をどり 』

  京都には五つの花街 ( かがい : 祇園など芸舞妓が集う町 ) があり、各花街が毎年決まった時期に芸舞妓の技芸を披露する舞踊会を催しています。

  祇園甲部都をどり宮川町京おどり先斗町鴨川をどり上七軒北野をどり が4月~5月の華やかな春に催され、また 祇園東 『 祇園をどり 』 が秋が深まる11月に催されて古都の秋を彩ります。

  祇園東 『 祇園をどり 』 ( 11月1日 ~ 10日 : 祇園会館 ) は今年で49回目を迎え、月替わりの舞妓の簪 ( かんざし ) にちなんだ演目が披露されます。

『 祇園をどり 』  祇園会館
   11月 1~10日
   13:00~、15:30~ の2回公演、約60分
   観覧料 : 4000円 ( 茶券付き )、3500円

※写真は先斗町の 「 鴨川をどり 」  

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