2017年03月01日

3/1(水) ≪ 町家の日 / 雛飾り ≫ in らくたび京町家

らくたびでは、毎月1日は 「 町家の日 」 と名付けて、らくたび京町家のお手入れや、季節毎のしつらえ替えなどを行っています。



今月の掃除は大座敷を中心に。 赤い毛氈などをお手入れしました。



谷口さんは得意の和裁で、座布団のお直し。 ありがとうございました!



さて、3月といえば 「 雛祭り 」 です。 昨年は最上段のお内裏さまとお雛さまだけを飾りましたが、今年はすべての人形を飾りました。







あーだ、こーだ、と言いながら、以前の記憶を頼りに、雛飾りの完成です!



京都では昔の御所にならって、右にお内裏さま、左にお雛さまです ( 笑 )



やっぱり、雅で、華やかですね~♪



そして、雛飾りの横には、河村さんの和紙で作成した立派な屏風も飾らせてもらいました!( 屏風については http://rakutabi.kyo2.jp/e476060.html を参照 )



これから1ヶ月間、らくたび京町家はお雛様で華やかに飾られています。
  

2016年10月02日

秋の到来 ≪ 菊 ≫ in らくたび京町家

曇りや雨の日が続きましたが、ようやく、秋晴れ を迎えた京都です。

■ らくたび京町家
公式情報 http://essay.kyo2.jp/e467704.html


床の間に、お花の先生に、素敵な 菊の花 を生けていただきました♪



玄関の間にも。



秋の行事 「 菊の節句 」 では、前日に 菊の花真綿 を被せて、翌朝、菊の露を含んだ綿で身体を清めると 長生き できると伝えられてきました。

菊の着せ綿 ( きくのきせわた )


今日は一日、秋風が吹き抜ける京町家で、オフィスワークです ( 笑 )
  

2012年08月02日

葉月

 『 葉月 』

  陰暦8月異名『 葉月 』 ( はづき ) といい、現在の新暦では9月上旬から10月上旬の 初秋 にあたり、樹木の葉が落ちる月 という < 葉落ち月 > が転じて 『 葉月 』 といわれています。

  その他にも、稲が実って穂が張る月 という < 張り月 > が転じて 『 葉月 』 になったという説など、諸説が伝えられています。

  8月上旬は、1年でもっとも暑い季節となりますが、すでに 暦の上 では 秋の始まり となります。
  

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2012年08月01日

八朔

 『 八朔 』

  月の満ち欠けを基準として定めた暦法・陰暦 において、月初めの日 は月全体が太陽光線を背後から受けるために地球からは月が見えない 新月 となり、そのような日時を昔は 「 朔 」 ( さく ) といいました。

  陰暦8月1日 は、八月朔日 を略して 『 八朔 』 ( はっさく ) といい、かつては早稲の穂が実る初秋にあたり、農家では豊作を祈願するとともに初穂を恩人に贈って秋の実りを祝いました。

  田の実頼み に通じることから、芸事や商売でお世話になっている師匠や出入り先に贈り物をして日頃の恩に感謝する行事 『 八朔 』 となりました。 新暦になった現在、八朔 の行事は 京の夏の風物詩 となり、祇園 では黒紋付の芸舞妓さんが芸事のお師匠さんやお茶屋さんへ挨拶に回る姿を見ることができます。
  

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2012年04月06日

佛光寺

 『 佛光寺 』

  四条通の繁華街から少し南へ歩くと、真宗佛光寺派の本山 『 佛光寺 』 ( ぶっこうじ ) の大伽藍が見えてきます。

  建暦2 ( 1212 ) 年、越後に流罪となっていた 親鸞聖人 が一時京都へ戻ってきた際、高弟の源海上人が山科に創建した寺院を起源としています。

  のちに本尊・ 阿弥陀如来像 が盗難に遭いましたが、後醍醐天皇 の夢の中に如来の光が射し、その光をたどって無事に本尊を取り戻すことができたことから、天皇より 「 阿弥陀佛光寺 」 の寺号を賜わったと伝えられています。

  まもなく佛光寺の境内には、美しい紅枝垂れ桜が咲き誇ります。

※写真は昨年の紅枝垂れ桜です。
  

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2012年04月01日

都をどり

 『 都をどり 』

  枝垂れ桜が京の春を彩り始め、いよいよ京の花街 ・ 祇園の歌舞練場では “ ヨーイヤサァー ” の掛声とともに 『 都をどり 』 が華やかに催されます。

  春の到来を告げる 都をどり は、明治5 ( 1872 ) 年、京都博覧会で芸舞妓さんが舞や歌を披露したのが始まりで、今年で140回目を迎えます。

 叱られて
  悲しきときは 円山に

    泣きにゆくなり をさな舞姫
     - 吉井勇 「 祇園歌集 」 より-

  芸舞妓さんの優美な舞い姿は、底冷えの寒い冬も欠かさず続けてきた厳しいお稽古の賜物なのです。 今年も一層、京の春を華やかに彩ります。

『 都をどり 』  祇園甲部歌舞練場
   4月1日~30日
  

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2012年03月30日

地蔵院・五色八重散椿

 『 地蔵院・五色八重散椿 』
  神亀3( 726 )年、東大寺の建立に尽力した奈良時代の僧・行基 ( ぎょうき ) が創建した古刹 『 地蔵院 』 ( じぞういん ) には、戦国時代に 加藤清正豊臣秀吉 に献上したと伝わる 伝説の名椿 『 五色八重散椿 』 が咲くことで知られ ( 現在は樹齢約100年の二世 : 市指定天然記念物 )、通称 「 椿寺 」 と称されています。

  白・紅・黄・桃・紅絞りなど五色の花が混じり咲き、また 俳人・正岡子規< 椿寺の椿の花は散りてこそ > と詠んだように、ひとひらごと散る名椿として愛され続けています。

地図 : 地蔵院 ( 椿寺 )
  

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2012年03月29日

近衛邸址

 『 近衛邸址 』

  京都御所の周囲に広がる 京都御苑 ( きょうとぎょえん ) は、市民の憩いの広場として親しまれています。

  ここは幕末まで200近い公家の邸宅が並んでいた場所で、明治になって天皇や公家が東京へ移った後に整備されて公園となりました。

  現在、御所の北側に残る 近衛池 は、五摂家 ( ごせっけ : 摂政や関白に任ぜられる、近衛家、九条家、鷹司家、一条家、二条家の五名家 ) のひとつ 『 近衛家 』 ( このえ ) の邸宅跡にあたり、池の周りに植えられている早咲きの枝垂れ桜が咲き始めています。

※写真は昨年の写真です。  

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2012年03月25日

山部赤人

 『 山部赤人 』

  昔から歌人たちは桜の美しさや散るはかなさを歌に詠み、その想いを後世へと伝えてきました。

  奈良前期の官人・歌人であり、三十六歌仙のひとりにも数えられる 『 山部赤人 』 ( やまべのあかひと ) は、現存最古の歌集 「 万葉集 」 ( まんようしゅう ) に次のような歌が収められています。

  あしひきの 山桜花
    日並べて かく咲きたらば いと恋ひめやも

  意味 : 山に咲く桜の花が、いつまでもずっときれいに咲いていてくれるのなら、こんなに恋しく想ったりはしないでしょうに・・・
  

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2012年03月24日

在原業平

 『 在原業平 』

  世の中に
   たえて桜のなかりせば
      春の心は のどけからまし

  ※この世の中にまったく桜というものが無かったならば、春を過ごす心は、どれだけのどかであっただろうか・・・

  平安時代の歌人 『 在原業平 』 ( ありわらのなりひら ) は、六歌仙・三十六歌仙のひとりにも選ばれています。 歌は 情熱的な歌風 で知られ、古今集仮名序では “ 心あまりて言葉たらず ” とも評されています。

  京都もここ最近の冷え込みで少し開花が遅れそうですが、まもなく桜の季節が到来します。
  

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2012年01月15日

小正月

 『 小正月 』

  元日 ( 1月1日 ) を 大正月 ( おおしょうがつ ) と呼ぶのに対して、正月 ( 1月 ) の 望の日 ( もちのひ : 十五夜・満月の日 のことで 旧暦1月15日 にあたる ) は 『 小正月 』 ( こしょうがつ ) と呼ばれ、この小正月までを 正月の松飾りのある期間 ということで 松の内 ( まつのうち ) と呼びます。

  小正月 には 小豆粥を食べる習わし で、紀貫之『 土佐日記 』清少納言『 枕草子 』 などの古典文学にも小正月に小豆粥を食べたことが記されています。

  また、かつて 小正月元服の儀 を行ったことから、1月15日成人の日 と定められていました ( 現在は1月第2月曜日 )。
  

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2012年01月06日

花街の始業式

 『 花街の始業式 』

  祇園など 花街 の芸舞妓さんの一年は7日の 『 始業式 』 で始まります ( 上七軒のみ9日 )。

  正装である 黒紋付の着物 を装い、髪には 稲穂の簪 ( いなほのかんざし ) を挿して、芸舞妓さんが一同に会する歌舞練場へと向います。 始業式では挨拶を交わし、お神酒祝いの昆布するめ をいただき、今年一年の精進を誓います。

  始業式が終わると、日頃お世話になっているお茶屋さんへ挨拶に向います。

   おめでとうさんどす。
     今年もよろしくおたのもうします。

  祇園では、芸舞妓さんの晴れやかな新年の挨拶が聞こえてきます。

※写真はイメージ  

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2012年01月02日

大福茶

 『 大福茶 』

 京の正月は 『 大福茶 』 ( おおふくちゃ ) をいただくことから始まります。

  大晦日に八坂神社から持って帰った をけら火 で湯を沸かし、昆布 などの縁起物を入れて一年の 招福息災 を願いながら飲む習わしです。

  大福茶に欠かせない梅は、毎年12月13日から 北野天満宮 で授与される 大福梅 が知られています。

  大福茶は、昔の宮中において、元旦に天皇が人びとの無病息災を願って茶を服した 『 皇服茶 』 ( おうふくちゃ ) の伝統行事に由来すると伝えられています。
  

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2012年01月01日

元旦

『 元旦 』

  一年の最初の日を 元日 ( がんじつ ) といい、とくに 元日の朝 のことを 『 元旦 』 ( がんたん ) といいます。

  元旦の 「 旦 」 の文字は 地平線から昇る初日の出 ( 太陽 ) をあらわし、漢字を 「 地平線 ( 横棒 ) 」 の上に 「 日 」 と書きあらわすようになりました。

  初日の出は一年最初の夜明けであることから特にめでたいとされ、山や海など初日の出が拝める場所は多くの参拝者で賑わいます。
  

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2011年12月28日

花街の年越し

 『 花街の年越し 』

  花街・祇園 では、現在でも100名を越える芸舞妓さんが江戸時代から続く おもてなしの文化 を受け継いでいます。

  花街の年越し では、ひいきのお客さん芸舞妓さん へ渡す 福玉 という習わしがあり、蹴鞠より少し大きな福玉を割ると、中には 箪笥鏡台 など暮らしの道具のミニチュアや、小さな 人形 ( かんざし ) や ( くし ) など、様々な小物が入っています。

  除夜の鐘を聴きながら福玉の中の小物を見せ合う、それが昔から続く花街の年越し風景です。
  

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2011年12月20日

果ての二十日

 『 果ての二十日 』

  12月を 「 果ての月 」 と言い、特に12月20日を 『 果ての二十日 』 ( はてのはつか ) と言い、身を慎んで災いを避ける 忌み日 ( いみび ) として正月準備や祝事を控えてきました。

  江戸時代、粟田の処刑場では1年最後の処刑を果ての二十日に行っていました。

  罪人は処刑前に1つだけ願いを聞いてもらうことができ、その罪人が処刑場へ向う道中で 「 あの女を嫁に欲しい 」 と言っては困るので、果ての二十日は女の子の外出が控えられ、正月準備や祝事を控える習わしとなりました。
  

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2011年06月30日

夏越祓

 『 夏越祓 』

  前半年 ( 1月~6月 ) の罪や穢れ ( けがれ ) を祓い、後半年 ( 7月~12月 ) の無病息災を祈る 『 夏越祓 』 ( なごしのはらい ) は、奈良時代からの伝統を受け継ぐ初夏の行事です。

  6月30日、自分の名前を記して息を吹きかけた紙の人形を神社に持参し、境内に設けられた大きな 茅の輪 ( ちのわ ) をくぐって 厄除け悪疫退散 を願います。

  この風習は、茅の輪を腰や玄関に懸けることで疫病の難を逃れたという 「 蘇民将来伝説 」 に由来しています。
  

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2011年06月22日

夏至

 『 夏至 』

  地球の北半球において、太陽の南中高度が最も高く、太陽が照る昼間の時間が最も長くなる日を 『 夏至 』 ( げし ) といい、今年 ( 2011年 ) の夏至は今日 ( 6月22日 ) となります。

  夏至の習わしとして大阪など上方では タコを食べる という習わしがあるようで、稲が大地に根付くことを願い、八本足のタコを食べて稲の根が張ることを願って始まった習わしとも伝えられています ( 地域によっては 7月2日頃 「 半夏生 」 の習わしとも伝えられています )。
  

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2011年04月14日

仁和寺 ・ 御室桜

 『 仁和寺 ・ 御室桜 』

  仁和寺や
     足もとよりぞ
          花の雲

  遅咲きで知られる 『 仁和寺 』 ( にんなじ ) の 『 御室桜 』 ( おむろざくら ) は、京都の春の最後を飾る かのように、毎年 4月中旬から咲き始めます。

  御室桜の樹高は 2 ~ 3m 前後と低く、まるで足元から雲が湧き上がるように桜の花が咲きます。

  わたしゃお多福 御室の桜
     花 ( 鼻 ) は低とも 人が好く

  鼻は低いが人気者の “ お多福さん ” と同じように、花は低いが多くの人びとから愛される御室桜。 多くの花見客が仁和寺を訪ねる光景は、今も昔も変わらない春の風景です。
  

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2011年04月12日

普賢象

 『 普賢象 』

  釈迦如来脇侍 ( きょうじ : 本尊の両脇に侍して教化を助ける存在 ) として 智慧文殊菩薩 ( もんじゅぼさつ ) と一対をなす 普賢菩薩 ( ふげんぼさつ ) は、仏の真理修行の徳 を司 ( つかさど ) り、白象に乗った姿 として刻まれている仏像が一般的です。

  また、室町時代から知られる里桜の一種 『 普賢象 』 ( ふげんぞう ) は、花の中心から二本の緑色の葉のようになった雌しべが突き出て先端がそり返り、その姿が 普賢菩薩 の乗った 象の鼻 に似ていることから 普賢象 と名付けられました。

※普賢象桜が咲く主な京都の社寺史跡
 千本ゑんま堂・下御霊神社・仁和寺・地主神社 など
  

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2011年03月24日

在原業平

 『 在原業平 』

  世の中に
   たえて桜のなかりせば
      春の心は のどけからまし

  ※この世の中にまったく桜というものが無かったならば、春を過ごす心は、どれだけのどかであっただろうか・・・

  平安時代の歌人 『 在原業平 』 ( ありわらのなりひら ) は、六歌仙・三十六歌仙のひとりにも選ばれています。 歌は 情熱的な歌風 で知られ、古今集仮名序では “ 心あまりて言葉たらず ” とも評されています。

  京都もここ最近の冷え込みで少し開花が遅れそうですが、まもなく桜の季節が到来します。
  

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2011年02月23日

臥竜の老梅

 『 臥竜の老梅 』

  今から1100年前、醍醐天皇が母の菩提を弔うために建立した 勧修寺 ( かじゅうじ ) は、皇室や藤原氏の帰依を受け、代々法親王が住持してきた格式ある門跡寺院です。

  勧修寺には樹齢が300年を超える 梅の古木 があります。 300年前の初代の木の根から子と孫の木が生えた珍しい姿をしており、孫の木が今、つぼみをほころばしています ( 初代と二代目は枯れ木として根元に横たわる )。

  梅の古木が、まるで竜が絡み付いているようにも見えることから 『 臥竜の老梅 』 ( がりゅうのろうばい ) と呼ばれています。

※写真はイメージ
  

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2011年01月07日

七草粥

 『 七草粥 』

  古代中国では、正月1日に鶏、2日に狗 ( 犬 )、3日に羊、4日に猪、5日に牛、6日に馬、7日に人、8日に穀 ( 作物 ) の一年の吉凶を占ったと伝えられています。

  1月7日人の吉凶を占う日 から 「 人日 」 ( じんじつ ) と呼ばれ、唐の時代には邪気を祓うために 七種の野菜が入った羮 ( あつもの : 熱い吸い物 ) を食して 無病息災 を願ったといわれています。

  この習わしが日本に伝来し、人日の節句 ( 1月7日 : 五節句のひとつ ) に 『 七草粥 』 を食べると邪気が払われ、万病を除くとされています。
  

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2010年12月13日

事始め

 『 事始め 』

  江戸時代、京都や大坂では 12月13日『 事始め 』 ( ことはじめ ) とし、1年の煤払い をして 正月を迎える準備 を始めました。

  京都の事始めは師走の風物詩。 花街 祇園 では、芸舞妓さんが京舞井上流家元 井上八千代 さん宅にて、1年の感謝と今後の挨拶をする習わしで、家元からご祝儀に 舞扇 を戴き、益々の精進を誓います。

  12月13日の事始めを過ぎると、京都の挨拶は 『 おことうさんどすー 』 ( 正月準備で忙しいですね、の意味 ) となり、正月を迎える準備で慌しい日々を迎えます。
  

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2010年09月17日

春夏冬□□五合

 『 春夏冬□□五合 』

  『 春夏冬□□五合 』 これは何と読むのでしょうか?

  「 春夏冬 」 は秋がないことから 「 あきない 」 と読み、「 □□ 」 は液体などを量る ( ます ) が二つで 「 ますます 」 と読み、最後の 「 五合 」 は一升 ( いっしょう : 「 升 」 は尺貫法の体積の単位 ) の半分であることから 「 はんじょう 」 と読みます。

  つまり、『 春夏冬□□五合 』「 商い ますます 繁盛 」 と読むわけです。

  「 商う 」 とは 「 秋なう 」 が語源といわれ、古くは秋の収穫のあとに取り引きが行われたことに由来します。
  

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2010年08月06日

六道まいり

 『 六道まいり 』

  六道珍皇寺 ( ろくどうちんのうじ ) では、毎年8月7日~10日、お精霊さん ( おしょうらいさん : 先祖の霊魂 ) を 冥土 から 現世 へ迎える 『 六道 ( ろくどう ) まいり 』 がおこなわれます。

  人びとは先祖の戒名 ( かいみょう : 死者に僧侶がつける名前 ) を書いた 水塔婆 ( みずとうば : 薄く細長い板 ) を手に持ち、迎え鐘 を撞いてお精霊さんを呼び寄せ、高野槙 ( こうやまき : スギ科の常緑針葉樹 ) を水に浸して水塔婆を潤 ( うるお ) して納めます。

  盂蘭盆会 ( お盆 ) の前の伝統行事です。

『 六道まいり 』  六道珍皇寺
   8月7日 ~ 10日
  

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2010年06月21日

 『 蛍 』

  初夏の夜、清流のほとりで淡く明滅しながら優雅に宙を舞う 「 螢 」 ( ほたる )。

  日本に生息する約45種の中では 『 源氏螢 』 ( ゲンジボタル ) と 『 平家螢 』 ( ヘイケボタル ) がよく知られています。

  平安末期、ちょうど螢が舞う今頃、源平争乱 に敗れた平家一門の亡骸の上を、慌しく明滅する 小さな螢敗者の平家 ) と、ゆっくり明滅する 大きな螢勝者の源氏 ) が入り乱れて宙を舞ったと伝えられ、それに由来して 源氏螢平家螢 と名付けられたようです。
  

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2010年06月12日

あじさい

 『 あじさい 』

  梅雨 に見頃を迎える花といえば 『 あじさい 』 です。

  あじさい の語源は あづさい といわれ、あづ≪ 集まる ≫ の意味があり、さいさあい ( 真藍 ) が転じた言葉で ≪ 藍色が集まったもの ≫ の意味があり、つまり青い花が集まって咲く様子を表した言葉とされています。

  漢字の 紫陽花 は、古く中国の詩人・白居易が別の紫色の花に名付けたものでしたが、平安時代の学者・源順 ( みなもとのしたごう ) がこの漢字をあてたことから誤って広まったと伝えられています。
  

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2010年05月06日

六日の菖蒲

 『 六日の菖蒲 』

  五月五日の 端午の節句菖蒲の節句 とも呼ばれ、菖蒲 ( しょうぶ ) には 邪気を祓う力 があるとされ、古くから菖蒲を軒に挿し、菖蒲酒を飲む風習などが伝えられています。

  ところが、端午の節句 ( 五日 ) の 翌日六日 ) に菖蒲を用意していては遅く、そこから 時機を逃して役に立たない ことを喩えて 『 六日の菖蒲 』 というようになりました。

  ≪ 平家物語 ≫ では、屋島の合戦遅参 した武将・梶原景時 ( かげとき ) が、その遅参を 「 六日の菖蒲 」 と嘲笑されています。
  

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2010年04月10日

やすらい祭

 『 やすらい祭 』

  昔、桜の花が風で舞い散る様子が、疫病が飛散して流行する様子と似ていることから、“ 桜の花が散る頃に疫病が流行る ” と信じられてきました。

  この疫病を鎮めるために奈良時代より 鎮花祭 ( はなしずめのまつり ) が行なわれるようになり、現在では 『 やすらい祭 』 ( 11日 : 今宮神社 ) にその名残を見ることができます。

  古風な装束の氏子衆が “ やすらい花やー、ヨーホイ ” と歌い踊りながら街を練り歩き、花傘 の下に入ると 厄払い になる ことから、老若男女が皆、花傘の下に入って行列をともにします。
  

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