2011年08月19日

宗像三女神

 『 宗像三女神 』

  『 宗像三女神 』 ( むなかたさんじょじん ) とは、宗像大社 ( 福岡県宗像市 ) に祀られている 三柱の女神の総称 で、湍津姫命 ( たぎつひめのみこと )、市杵島姫命 ( いちきしまひめのみこと )、田心姫命 ( たごりひめのみこと ) と呼ばれています。

  宗像大社玄界灘 に面した 海上交通の要衝 にあり、古くから 海の神航海の神 として崇められてきました。

  平安末期には、平清盛 が大陸との 貿易航路の守護神 として安芸の 厳島神社 ( いつくしまじんじゃ : 広島県 ) に祀るなど、広く信仰されてきました。
  

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2011年08月10日

九相

 『 九相 』

  意識を集中させて、特定の対象を心に思い描くことによって仏教の真理を直観的に認識しようとする修行を 観法 ( かんぽう ) といい、その観法のひとつに 『 九相 』 ( くそう ) があります。

  九相 とは、人間の死体が腐乱して白骨化するまでの九段階 を想うことで、異性の肉体や美しさの儚 ( はかな ) さを思い知り、それに対する 煩悩欲望執着 を消して身の不浄を観じて貪欲を離れる方法とされ、九相図 が描き残されています。
  

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2011年08月09日

浄玻璃の鏡 と 人頭杖

 『 浄玻璃の鏡 と 人頭杖 』

  閻魔庁総司 として死者の生前の罪を裁く 閻魔王 は、『 浄玻璃の鏡 』 ( じょうはりのかがみ ) と 『 人頭杖 』 ( じんとうじょう ) と呼ばれる道具を持ち、死者の生前の罪判決 を下します。

  浄玻璃の鏡 は死者の生前の真の姿を映し出す鏡であり、人頭杖 は閻魔の問いに嘘をつくと怖い顔が口から炎を噴き出し、正直な答えには優しい顔の口から白蓮華を噴くといわれ、生前の善行と悪業を閻魔王に知らせます。
  

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2011年06月15日

巴の文様

 『 巴の文様 』

  神紋や家紋に見られる 『 巴 』 ( ともえ ) は、日本の伝統的な文様のひとつであり、コンマ 【 ,】 や勾玉 ( まがたま : 古代の宝器 ) のような形をしています。

  「 ともえ 」 の語源は 「 鞆絵 」 であり、弓を射る時に使う鞆 ( とも ) を形取ったものといわれています。

  「 巴 」 を円形に配すると 二つ巴 ( ふたつどもえ ) や 三つ巴 ( みつどもえ ) となり、これらの文様は 水が渦を巻いている形 をしていることから、火災除け の願いを込めて、社寺や民家の屋根瓦や土蔵などに好んで用いられています。
  

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2011年04月27日

御幸・行幸・行啓

 『 御幸・行幸・行啓 』

  上皇 ( じょうこう : 天皇を譲位後に受ける尊称 ) や 法皇 ( ほうおう : 出家した上皇の尊称 ) が外出することを 『 御幸 』 ( ごこう ) といい、白河上皇が雪の朝、小野に皇太后を訪ねた 小野御幸 や、平家滅亡後の初夏、後白河法皇が寂光院に建礼門院を訪ねた 大原御幸 などが知られています。

  上皇法皇 が外出することを 御幸 というのに対し、天皇 が外出することを 『 行幸 』 ( ぎょうこう ) といい、三后 ( さんこう : 太皇太后、皇太后、皇后 ) や 皇太子皇太子妃皇太孫 が外出することを 『 行啓 』 ( ぎょうけい ) といいます。
  

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2011年03月27日

木花之開耶姫

 『 木花之開耶姫 』

  日本の神話に登場する女神 “ コノハナサクヤビメ ” は、古事記では 木花之佐久夜毘売、日本書紀では 木花之開耶姫 と記され、単に “ サクヤビメ ” とも呼ばれています。

  皇室の祖神の 天照大神 ( あまてらすのおおみかみ ) の孫である 瓊瓊杵尊 ( ににぎのみこと ) の妻となり、後世になって 富士の神 として祀られるようになりました。

  サクヤビメ には、富士山頂から花の種をまいて花を咲かせた という伝説があり、一説には “ サクヤビメ ” から “ 桜 ” の言葉が生まれた、といわれています。
  

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2011年03月10日

浴室

 『 浴室 』

  風呂とは元来 「 蒸し風呂 」 を指す言葉とされ、現在のような浴槽に湯を入れて浸かる風呂は 湯屋 ( ゆや ) や 湯殿 ( ゆどの ) と呼ばれて区別されていました。

  寺院に建つ風呂は 『 浴室 』 ( よくしつ ) と呼ばれ、“ 入浴は七病を除き、七福を得る ” という教えから僧侶が功徳を積み、また身を清めるために入浴を行いました。

  8世紀後半には、寺院の浴室が庶民に開放され、身を清める 「 施浴 」 ( せよく : 布教の目的もある ) が始まったという記録が残されています。
  

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2011年03月01日

弥生

 『 弥生 』

  旧暦3月は 『 弥生 』 ( やよい ) と呼ばれ、新暦となった現在でも3月の別称として 「 弥生 」 を用いています。

  「 弥生 」 という言葉は、“ 春になって草木がいよいよ生い茂る月 ” という意味の言葉である 「 木草弥や生ひ月 」 ( きくさいやおひづき ) が短縮されて 「 やよい 」 となったと考えられています。

  また、3月の別称として他に、花月 ( かげつ )、嘉月 ( かげつ )、花見月 ( はなみづき )、夢見月 ( ゆめみつき )、桜月 ( さくらづき )、暮春 ( ぼしゅん ) などがあります。
  

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2011年01月23日

開基と開山

 『 開基と開山 』

  『 開基 』 ( かいき ) と 『 開山 』 ( かいさん ) は、同じ “ 寺院を開いた人 ” を意味する言葉ですが、実際に 寺院を建立した人開基初代の住職となった人開山 とする場合がほとんどです。

  つまり、鹿苑寺 ( 金閣寺 ) の開基は足利義満 ( 将軍 )、開山は夢窓疎石 ( 禅僧 ) となります。

  ちなみに 開祖 ( かいそ ) とは “ 初めて宗派を開いた人 ” を意味し、例えば 栄西禅師 は 臨済宗の開祖 となります。
  

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2011年01月03日

雑煮

 『 雑煮 』

  京都の雑煮は 白味噌仕立て

  大晦日の夜に八坂神社で焚かれた神火 おけら火 を吉兆縄に移して家に持ち帰り、その神火で台所のかまどの火をおこして雑煮を焚きます。

  『 雑煮 』 とは、神様にお供えした 神饌 ( しんせん : 神に供える食べ物 ) を神棚から下ろし、神様からの戴き物として ごった煮 にして食べる正月料理です。

  雑煮を食べる時には両側が細くなった 柳箸 ( やなぎばし : 祝い箸ともいう ) を用いますが、これは一方で人間が、一方で神様が食事をするという、正月の習わしである 神人共食 を意味しています。
  

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2011年01月02日

大福茶

 『 大福茶 』

 京の正月は 『 大福茶 』 ( おおふくちゃ ) をいただくことから始まります。

  大晦日に八坂神社から持って帰った をけら火 で湯を沸かし、昆布 などの縁起物を入れて一年の 招福息災 を願いながら飲む習わしです。

  大福茶に欠かせない梅は、毎年12月13日から 北野天満宮 で授与される 大福梅 が知られています。

  大福茶は、昔の宮中において、元旦に天皇が人びとの無病息災を願って茶を服した 『 皇服茶 』 ( おうふくちゃ ) の伝統行事に由来すると伝えられています。
  

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2010年12月31日

大晦日

 『 大晦日 』

  旧暦では毎月の最終日を 晦日 ( みそか ) といい、12月の晦日は一年最後の晦日であることから 『 大晦日 』 ( おおみそか ) といいます。

  三十路“ みそじ ” と発音するように “ みそ ”“ 三十 ” であり、“ みそか ”“ 三十日 ( 旧暦の月の最終日 ) を意味しました。

  大晦日の夜は除夜の鐘を聞き、煩悩 ( ぼんのう ) を除いて清らかな心で新年を迎える習わしです。


本年も 『 京都の旅コラム 』 をご愛読いただき、ありがとうございました。
皆さま、良いお年をお迎えください。 若村
  

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2010年12月29日

除夜

 『 除夜 』

  一年の最終日の夜を 『 除夜 』 ( じょや ) といい、昔から 年神 ( としがみ : 正月に家々で祀る神様 ) を迎えるために一晩中起きている習わしがあり、除夜に早く寝てしまうと “ 白髪になってしまう ”“ 顔に皺 ( しわ ) がよる ” という俗信が言い伝えられてきました。

  また、寺院で除夜に撞き鳴らす鐘を 除夜の鐘 といい、鐘の音は人びとの魔・悪・邪・罪・苦などを祓うとされ、108の煩悩を除く意味を込めて108回の鐘が撞かれます。
  

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2010年12月25日

神仏習合

 『 神仏習合 』

  日本は古来より、八百万の神 ( やおよろずのかみ ) を信仰する形態が存在し、山には山の神、川には川の神など、様々な場所に神が宿ると考えてきました。

  その後、大陸 から 仏教 が伝来し、仏教は外来の宗教ではありましたが、日本は仏教を柔軟に受け入れ、神道仏教混合 した 『 神仏習合 』 ( 習合 : しゅうごう : 異なる信仰が合わさること ) の時代が長く続きました。

  明治になり、神仏分離令 によって神道と仏教が分けられました。
  

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2010年12月05日

神使

 『 神使 』

  神様の使者 ( 使い ) として、神様の意思を示す と考えられている 特定の動物 のことを 『 神使 』 ( しんし ) といい、稲荷神の狐八幡神の鳩 などが知られています。

  日本書紀などの古い神話の中にも、特定の動物が神様の意思を伝える話しがみられ、神使が伝えた神様の意思で吉凶を判じたという記述も残されています。

  後世になり、神話や神社の縁起に登場する特定の動物が神使として固定化され、神社内で飼育されたり、石像に刻まれて鎮座するようになりました。
  

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2010年11月05日

藤袴

 『 藤袴 』

  奈良時代の万葉集にも詠まれた秋の七草のひとつ 『 藤袴 』 ( ふじばかま ) は、キク科の多年草で、かつては日本各地の河原などに群生していましたが、現在ではすっかり姿を消して 準絶滅危惧種 ( 環境省レッドリスト ) に指定されています。

  昔から乾燥した藤袴は 香料 として重宝され、平安時代の宮中では女性達が香袋に藤袴を入れて十二単にしのばせていました。

  源氏物語第30帖 の巻名は、夕霧が詠んだ和歌にちなんで 「 藤袴 」 と名付けられています。
  

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2010年10月28日

逆鱗

 『 逆鱗 』

  想像上の神獣である の体には81枚の鱗 ( うろこ ) が生えているとされていますが、喉元には一尺四方の 逆さに生えた鱗 があり、『 逆鱗 』 ( げきりん ) と呼ばれています。

  龍は喉元の逆鱗に触れられることを非常に嫌い、触られると 激しく怒って触れた者を殺す といわれています。

  このような伝説から、主君 ( 目上の人物 ) の激しい怒りを 「 逆鱗 」 というようになり、激しい怒りを買うような行為を 「 逆鱗に触れる 」 と表現するようになりました。
  

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2010年09月28日

忌明塔

 『 忌明塔 』

  北野天満宮の西側に位置する 東向観音寺 の境内には、高さが4メートルを越える 巨大な石塔 が立っています。

  この石塔は、明治時代の神仏分離令が発布されるまでは北野天満宮の境内に鎮座する 伴氏社 ( ともうじしゃ ) にあったもので、菅原道真の母の霊廟 と伝えられてきました。

  室町時代以降、父母の四十九日の忌明けに参拝する 『 忌明塔 』 ( いみあけとう ) として信仰され、知恩院革堂 ( 行願寺 ) の五輪塔とともに知られています。
  

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2010年09月10日

式年遷宮

 『 式年遷宮 』

  神様が祀られる社殿を常に清浄な空間に保つために、一定の期間をおいて新殿を造営し、旧殿から新殿へと神様を遷して祀る制度を 『 式年遷宮 』 ( しきねんせんぐう ) といいます。

  神域を清浄に保つ 目的以外にも、建物の耐用年数に関係して社殿を建て直す 建築技術の伝承 や、社殿内に納められる 御装束 ( おしょうぞく ) や 神宝 ( しんぽう ) などを新調することで 伝統工芸の技術伝承 などの意味があると考えられています。

  伊勢神宮 では 20年ごと式年遷宮の制度 が定められており、天武天皇13(685)年9月10日に制度化され、その5年後に第1回の式年遷宮が行われました。
  

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2010年09月08日

重陽

 『 重陽 』

  古来より、奇数割れない数字 ( 二分割できない数字 ) として ≪ 陽数 ≫ ( ようすう ) とされ、偶数割れる数字 として ≪ 陰数 ≫ ( いんすう ) とされてきました。

  九月九日 は、一桁の陽数で最大の数字 「 九 」 が重なることから 『 重陽 』 ( ちょうよう ) と呼ばれ、五節句のひとつとされてきました。

  重陽の節句 は、菊の露 を飲んで 不老長寿 を得たという中国の故事にちなみ、菊を愛で、菊の歌を詠み、菊酒を飲む 菊の節句 とされてきました。
  

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2010年08月08日

高野槙

 『 高野槙 』

  小野篁 ( おののたかむら : 平安初期の学者 ・ 歌人 ) は、昼は 嵯峨天皇 に仕え、夜は 地獄の閻魔大王 に仕えていたと伝えられています。

  六道珍皇寺の井戸は地獄 ( あの世 ) に通じているといわれ、小野篁は井戸のそばに生い茂る 『 高野槙 』 ( こうやまき : スギ科の常緑針葉樹 ) をつたってこの世とあの世を行き来したと伝えられています。

  お盆になると先祖の霊は高野槙に導かれてこの世に戻ってくると信じられ、六道まいりに訪れた参詣者は参道で高野槙を買い求めて帰ります。
  

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2010年08月02日

葉月

 『 葉月 』

  陰暦8月異名『 葉月 』 ( はづき ) といい、現在の新暦では9月上旬から10月上旬の 初秋 にあたり、樹木の葉が落ちる月 という < 葉落ち月 > が転じて 『 葉月 』 といわれています。

  その他にも、稲が実って穂が張る月 という < 張り月 > が転じて 『 葉月 』 になったという説など、諸説が伝えられています。

  8月上旬は、1年でもっとも暑い季節となりますが、すでに 暦の上 では 秋の始まり となります。
  

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2010年06月30日

水無月

 『 水無月 』

  夏越祓 ( なごしのはらい : 今日 6月30日 ) に欠かせない和菓子といえば 『 水無月 』 ( みなづき ) です。

  外郎 ( ういろう ) や 葛 ( くず ) で作られた水無月の白い部分は 暑気を払う氷 をあらわし、上にのせた甘い煮小豆は 疫病の悪魔祓い の意味合いがあります。

  昔、氷室 ( ひむろ : 冬の氷を夏まで保存する小屋 ) の氷を夏越祓に口にして暑気を払う儀式が宮中や幕府で行なわれており、貴重な氷を口にできない庶民は氷を模した菓子 「 水無月 」 を作って口にしてきました。
  

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2010年06月29日

夏越祓

 『 夏越祓 』

  前半年 ( 1月~6月 ) の罪や穢れ ( けがれ ) を祓い、後半年 ( 7月~12月 ) の無病息災を祈る 『 夏越祓 』 ( なごしのはらい ) は、奈良時代からの伝統を受け継ぐ初夏の行事です。

  6月30日、自分の名前を記して息を吹きかけた紙の人形を神社に持参し、境内に設けられた大きな 茅の輪 ( ちのわ ) をくぐって 厄除け悪疫退散 を願います。

  この風習は、茅の輪を腰や玄関に懸けることで疫病の難を逃れたという 「 蘇民将来伝説 」 に由来しています。
  

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2010年06月09日

稲荷造

 『 稲荷造 』

  伏見稲荷大社本殿 は、応仁の乱の兵火によって焼失し、のちの明応8 ( 1499 ) 年に再建され、修復を重ねて現在に至っています。

  社殿建築としては大型に属しますが、細部に注目すると、装飾金具や牡丹唐獅子・唐草などの彫刻を意匠とする蟇股などに、安土桃山時代力強さ優美な趣き が伝えられています。

  社記には 「 御本殿五社相殿ウチコシナガシ作四方ニ高欄有ケタ行五間五尺ハリ行五間五尺 」 とあり、『 稲荷造 』 とも称されています。
  

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2010年06月01日

更衣

 『 更衣 』

  季節に応じて衣服や調度をかえることを 「 衣替え 」 といい、現在では一般的に 6月1日 になると 夏の服装 に、10月1日 になると 冬の服装 に衣替えをしています。

  「 衣替え 」 は、古くは 『 更衣 』 ( こうい ) といい、平安時代 には 4月1日10月1日 にそれぞれ夏装束・冬装束に改めていました。

  また、天皇の着替えに従事した女官の職名「 更衣 」 といい、後に天皇の寝所に奉仕する女官で 「 女御 」 ( にょうご ) に次ぐ女官を 「 更衣 」 と呼ぶようになりました。
  

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2010年05月27日

彼は誰時

 『 彼は誰時 』

  東の空に太陽が昇る 明け方の時間帯 は、夜明け ( あかつき ) ・ 東雲 ( しののめ ) ・ ( あけぼの ) ・ 朝ぼらけほのぼの明け黎明 ( れいめい ) など、刻々と移り変わる情景をあらわす美しい言葉が数多くあります。

  そのひとつ 『 彼は誰時 』 ( かわたれどき ) は、明け方の薄暗い時は人の姿が見分けにくく、≪ 彼 ( か ) は誰 ( たれ ) と尋ねることが語源となり、同じく夕暮れ時も ≪ 誰 ( た ) そ彼 ( がれ ) と尋ねるところから 「 誰そ彼時 」 ( たそがれどき : 黄昏時 ) という表現が用いられています。
  

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2010年05月22日

衣服

 『 衣服 』

  縄文・弥生・古墳時代など、昔の日本人がどのような衣服を身につけていたのか、歴史書の 「 古事記 」 や 「 日本書紀 」 の記述から、また古墳の埴輪などから推測できる部分もありますが、現存する資料や裏付けがほとんど残されておらず、詳細はわかっていません。

  その後、飛鳥時代 に築かれた 高松塚古墳の壁画 に男子と女子の絵が描かれており、飛鳥時代の人びとの姿が描かれた唯一の遺構であり、貴重な史料となっています。
  

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2010年05月13日

 『 龍 』

  頭に2本の角があり、鱗 ( うろこ ) に覆われた蛇のような巨大な体を持つ空想上の生き物 『 龍 』 は、平時は海や池などの底深くにひそみ、雨をもたらす時に天高く舞い上がって風雲を巻き起こすとされています。

  仏法を守護する獣 でもあり、また雨を降らせることから “ あまねく聴衆に仏法の雨を降らせる ” とされ、禅寺の法堂の天井には龍の画が好んで描かれています。

  相国寺の蟠龍図 ( ばんりゅうず ) や、妙心寺の雲龍図 ( うんりゅうず ) が知られています。
  

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2010年05月05日

端午の節句

 『 端午の節句 』

  5月5日『 端午の節句 』 ( たんごのせっく )です。 端午 ( たんご ) とは、“ 端 = 初めの ”“ 午 = 五 ” より “ 五月初めの五日 ” を意味しています。

  昔から 男の子の祭り とされ、成長出世 を願って 五月人形 を飾り、こいのぼり を立て、邪気を祓う 柏餅 ( かしわもち ) と ( ちまき ) を食べてきました。

  また、菖蒲 ( しょうぶ ) を生けたり、軒に挿したり、菖蒲湯をたてたりすることから、別名・菖蒲の節句 ( しょうぶのせっく ) とも呼ばれています。
  

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