2009年11月10日

お十夜

 『 お十夜 』

  室町時代の永享年間 ( 1429年~1441年頃 )、平貞国 ( たいらのさだくに ) が 十日十夜 にわたって 念仏を唱えた と伝えられ、これが 『 お十夜 』 ( おじゅうや ) の始まりとされています。

  阿弥陀仏人びとを救う ことを説く 浄土教根本経典 である 「 無量寿経 」 ( むりょうじゅきょう ) によると、≪ 現世で十日十夜にわたって善い事をすれば、浄土で千年にわたって善い事をしたことに勝る ≫ と考えられています。

『 十日十夜別時念仏会 』 真如堂
   11月5日~15日
   十日十夜の間念仏を唱えて極楽往生を願う行事。
   15日には本尊・阿弥陀仏( 秘仏 )の御開帳や、
   小豆粥の接待( 有料 )もある。
  

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2009年11月04日

祇園をどり

 『 祇園をどり 』

  京都には五つの花街 ( かがい : 祇園など芸舞妓が集う町 ) があり、各花街が毎年決まった時期に芸舞妓の技芸を披露する舞踊会を催しています。

  祇園甲部都をどり宮川町京おどり先斗町鴨川をどり上七軒北野をどり が4月~5月の華やかな春に催され、また 祇園東 『 祇園をどり 』 が秋が深まる11月に催されて古都の秋を彩ります。

  現在開催されている 祇園東 『 祇園をどり 』 ( 11月1日 ~ 10日 : 祇園会館 ) は、今年で52回目を迎えています。

『 祇園をどり 』  祇園会館
   11月 1~10日
   13:30~、16:00~ の2回公演、約60分
   観覧料 : 4000円 ( 茶券付き )、3500円

※写真は先斗町の鴨川をどり
  

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2009年11月01日

亥子祭

 『 亥子祭 』

  御所西に鎮座する 『 護王神社 』 ( ごおうじんじゃ ) は、元は神護寺境内に 和気清麻呂 ( わけのきよまろ : 平安初期の政治家、和気氏の祖 ) の霊社として創建されました。

  古くは 「 護法善神 」 と称され、明治になって 「 護王神社 」 と改称して現在地に移転しました。

  境内には 霊猪像 ( 狛いのしし ) が見られ、いのしし神社 とも呼ばれています。

  毎年11月1日に行われる 『 亥子祭 』 ( いのこまつり ) では、平安時代の宮中行事であった 亥子餅の儀式を再現した神事 が行われます。

『 亥子祭 』  護王神社
   11月1日 午後5時~  

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2009年10月22日

鞍馬の火祭

 『 鞍馬の火祭 』

  毎年10月22日、鞍馬の 由岐神社 ( ゆきじんじゃ ) において 京都三奇祭 のひとつ 『 鞍馬の火祭 』 が行われます。

  平安時代、京都御所内に祀られた神様を由岐神社に遷す際、神様の遷宮行列を鞍馬の人びとが松明を焚いて迎えた のが祭りの始まりと伝えられています。

  夕方、里の各家の門口にかがり火が焚かれ、武者わらじを履いた里人が大松明をかついで 「 サイレイ、サイリョウ 」 の掛け声とともに神社前に集まり、火の粉の中を神輿が出発する勇壮な祭りです。

『 鞍馬の火祭 』 鞍馬・由岐神社
  10月22日(木)
  

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2009年10月04日

ずいき祭

 『 ずいき祭 』

  京都の秋祭りの先陣を切る、北野天満宮『 ずいき祭 』 ( 10月1日 ~ 5日 ) は、五穀豊穣に感謝する秋の大祭 です。

  神輿の屋根を ずいき ( 芋の茎 ) で葺き、からし芋 ・ 米 ・ 麦 ・ 豆 ・ 野菜などで飾り、その神輿を氏子達が担いで町を練り歩きます。

  氏子の町を練り歩いた神輿は 「 還幸祭 」 ( かんこうさい : 10月4日 ) で再び北野天満宮へ戻りますが、祭神の 菅原道真 をはじめて北野の地へお迎えした様子を想い起こさせ、別名 「 おいでまつり 」 と呼ばれています。
  

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2009年08月14日

盂蘭盆

 『 盂蘭盆 』

  お盆 とは陰暦 7月15日を中心に行われる仏事で、新暦の現在では一般的に 8月13日~15日に行われています。

  お盆の語源 は、サンスクリット語の ullambana ( ウラムバナ ) を音写した 盂蘭盆 ( うらぼん ) の略といわれています。

  もとは中国において、苦しんでいる亡者を救うために 7月15日に行われた仏事が盂蘭盆 ( うらぼん ) であり、これが日本へ伝来し、初秋の 魂祭 ( たままつり : 先祖の霊を祀る行事 ) と習合し、祖先の霊を供養する仏事 となりました。
  

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2009年07月20日

御手洗祭

 『 御手洗祭 』

  平安時代の貴族は季節の変わり目に清らかな水に手足を浸し、過去の罪や穢れ ( けがれ ) を祓う 禊祓い ( みぞぎはらい ) をおこなっていました。

  下鴨神社『 御手洗祭 』 ( みたらしまつり : 24~27日 ) は、この平安貴族の習わしに由来する伝統行事で、多くの老若男女が 御手洗池 に足を浸し、無病息災 を祈願します。

  御手洗池の池底から湧き水とともに水面にあがる白い水泡を模した和菓子こそ、御手洗池を発祥とする 御手洗団子 ( みたらしだんご ) です。

『 御手洗祭 』  下鴨神社
   7月18日 ( 土 ) ~ 21日 ( 火 )
   献灯料 200円
  

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2009年07月19日

伏見稲荷大社 宵宮祭・本宮祭

 『 伏見稲荷大社 宵宮祭・本宮祭 』

  お稲荷さん と親しまれる 伏見稲荷大社 は、平安の昔から 五穀豊穣の神様 として崇められ、中世以降は 商売繁盛の神様 として信仰を集めてきました。

  毎年7月に執り行われる 『 宵宮祭 』 ( よいみやさい : 19日 ) ・ 『 本宮祭 』 ( もとみやさい : 20日 ) は、稲荷神の分霊を祀っている崇敬者が全国から総本宮にあたる伏見稲荷大社に参拝し、日々の御神恩に感謝します。

  万灯の神事 では幾多の灯籠や行灯に火が灯され、境内は幻想的な雰囲気に包まれます。
  

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2009年07月07日

七夕

 『 七夕 』

  7月7日 『 七夕 』 です。

  古来中国では陰暦7月7日夜、女子が手芸の上達を祈る行事・乞巧奠 ( きっこうでん ) と、天の許しで織女と牽牛が1年に1度会えるという伝説にちなむ 星祭 が行なわれ、この2つの風習が奈良時代に日本へ伝来しました。

  また、古来日本でも水辺の棚で乙女が機 ( はた ) を織り、神を迎えて禊 ( みそぎ ) を行なう信仰行事・ 棚機女 ( たなばたつめ ) が行なわれており、これら3つが重なって日本独自の 「 七夕 」 となりました。
  

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2009年05月16日

三船祭

 『 三船祭 』

  天下の名勝・嵐山 は、平安時代の昔から天皇や貴族が訪れて、大堰川 ( おおいがわ ) に舟を浮かべて詩歌管弦を楽しんだ景勝地として知られています。

  最古の舟遊びの記録は、昌泰元 ( 898 ) 年に 宇多上皇 が渡月橋の上流一帯で舟遊びを催し、詩歌や管絃、舞楽を楽しんだと記録されています。

  毎年の5月第3日曜日 ( 今年は5月17日 )、渡月橋一帯で 『 三船祭 』 が行なわれ、平安王朝を偲ぶ舟遊び絵巻 が繰り広げられます。
  

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2009年04月18日

吉野太夫 追善花供養

 『 吉野太夫 追善花供養 』

  江戸時代初め、京はもとより、遠く江戸にまで “ 京の島原に浮舟あり ” と知られた名妓がいました。 浮舟太夫 ( うきふねだゆう ) は絶世の美女というだけではなく、和歌や茶道、書道や生け花など、諸芸どれをとっても並ぶ者がない才気も持つ、まさに 当世一の名妓 でした。

  春、桜が咲き誇る島原で、浮舟はまだ見たことのない 吉野山の桜 を想い浮かべながら歌を詠みました。

   ここにさへ
     さぞな吉野は 花ざかり

  当世一の名妓に当世一の吉野桜、人はいつしか浮舟の名を 『 吉野太夫 』 と呼ぶようになりました。

『 吉野太夫 追善花供養 』  常照寺
   4月19日 ( 日 )
   吉野太夫を偲ぶ追善の花供養
   光悦寺から島原太夫による太夫道中があり、
   また野点席では島原太夫のお点前もあります。




吉野太夫花供養と遅咲きの原谷苑&御室桜

常照寺で催される 「 吉野太夫花供養 」 では、源光庵から常照寺まで行われる優雅な太夫道中を見学します。 その後、原谷苑の黄桜・御室桜・ぼたん桜や、仁和寺の御室桜などを鑑賞します。 途中、宇多天皇陵から絶景の京都市内を見下ろすスペシャルポイントも訪れます。

◆ 日時 : 4月19日 ( 日 )
◆ 集合時間 : 10時
◆ 集合場所 : 源光庵・門前
◆ 受講料 : 一般 2500円 / 会員 2000円

◆ 詳細&受講申込みは、らくたびホームページ から、
  または 075 - 257 - 7320 へお電話ください。
  

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2009年02月02日

節分

 『 節分 』

  『 節分 』 とは “ 季節を分ける ”、つまり季節の変わり目となる立春・立夏・立秋・立冬の前日をいいます。

  しかし、古くから 立春 を新しい一年の始まりとし、次第に節分といえば 春の節分 を指すようになりました。

  平安時代、節分は 悪鬼が現れやすい 頃と考えられ、宮中では豆を撒いて悪鬼を追い払う 追儺 ( ついな ) という行事が行なわれていました。 宮中行事の追儺がのちに民間に伝わり、現在のような節分行事として行なわれるようになりました。

  節分とは、ほのかに移りゆく季節を感じる伝統行事です。  

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2009年01月25日

初天神

 『 初天神 』

  平安時代、菅原道真 ( すがわらのみちざね ) は天皇の厚い信頼により 右大臣 として活躍しましたが、左大臣 藤原時平の謀略 により、延喜元 ( 901 ) 年 1月25日、九州の 大宰府 へと 左遷 ( させん : 低い官職にうつすこと ) されてしまいました。

  東風 ( こち ) 吹かば
   匂いおこせよ 梅の花
     あるじなしとて 春を忘るな

  梅をこよなく愛した道真は邸宅にある梅との別れを惜み、“ 東から春風が吹く頃に梅の香りを九州まで送りなさい、私がいないからと言って春を忘れるなよ ” と歌を詠み、遠い九州へと京都を旅立ちました。

『 初天神 』  北野天満宮
   1月25日
   今年最初の天神さん縁日
  

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2009年01月21日

初弘法

 『 初弘法 』

  宝亀5 ( 774 ) 年、讃岐国 ( 香川県 ) に生まれた 空海 は、15歳で論語・史伝などを学び、18歳で京都の大学に入りました。 しかし大学の勉学に飽き足らず、山林で修行を重ねながら広く仏教の教えを学び、東大寺において正式な僧となりました。

  その後、遣唐使船に乗って中国 ( 唐 ) へ渡って 密教 を学び、帰国して 真言宗 を開きました。

  東寺において毎月21日、縁日 「 弘法さん 」 が催されていますが、一年最初の弘法さんは 『 初弘法 』 ( はつこうぼう ) と呼ばれて賑わいます。  

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2009年01月08日

初ゑびす

 『 初ゑびす 』

 商売繁盛
   笹持って来いー!

  ゑびす囃子 ( えびすばやし ) が飛び交う 恵美須神社 ( えびすじんじゃ ) では、8日から12日にかけて 『 初ゑびす 』 が行われ、商売繁盛を願う多くの参拝者で賑わいます。

  は松竹梅の竹の葉で縁起が良く、“ 節目正しく真っ直ぐ ” “ 葉が常に青々と繁る ” ことから 家運隆昌商売繁盛 に通じるとされ、その笹の先に福俵 ・ 宝船 ・ 熊手などの縁起物をつけた 福笹 を持ち帰る習わしです。

 8日 餅つき神事・湯立て神楽
   9日 午後2時 宵ゑびす祭
     10日 午後2時 初ゑびす大祭
       11日 午後8時 のこり福祭
         12日 午後8時 撒福祭  

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2008年12月29日

除夜の鐘

 『 除夜の鐘 』

  一年の最終日の夜を 「 除夜 」 ( じょや ) といい、昔から 年神 ( としがみ : 正月に家々で祀る神様で、稲作を守る神として信仰された ) を迎えるために一晩中起きている習わしがあり、除夜に早く寝てしまうと “ 白髪になってしまう ”“ 顔に皺 ( しわ ) がよる ” という俗信が言い伝えられてきました。

  また、寺院で除夜に撞き鳴らす鐘を 『 除夜の鐘 』 といい、鐘の音は人びとの魔・悪・邪・罪・苦などを祓うとされ、108の煩悩を除く意味を込めて108回の鐘が撞かれます。  

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2008年12月24日

終い天神

 『 終い天神 』

  菅原道真公 を祀る 北野天満宮 では、毎月25日に縁日 「 天神 ( てんじん ) さん 」 が催され、今年最後となる12月25日の縁日は 『 終 ( しま ) い天神 』 と呼ばれて多くの人びとが参拝に訪れます。

  神社の境内には露店が所狭しと並び、しめ飾り鏡餅 などの正月用品を買い求める人びとで賑わいをみせます。 まだ薄暗い早朝から商いを始める露店もあり、骨董好きの人は懐中電灯を片手に熱心に見て歩きます。

  明日の北野天満宮は、早朝から深夜まで熱気に包まれます。  

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2008年12月23日

御身拭式

 『 御身拭式 』

  平安末期、修行を終えた 法然上人 は比叡山を下り、黒谷 ( 現在の金戒光明寺 ) や 吉水 ( 現在の知恩院 ) に小さな庵を組んで念仏道場としました。

  法然上人は “ 南無阿弥陀仏の念仏を唱えれば、誰でも救われる ” という 専修念仏 ( せんじゅねんぶつ ) の教えを民衆に説き、それまで特権階級のものであった仏教を民衆のものとしました。

  毎年12月25日、知恩院 では 『 御身拭式 』 ( おみぬぐいしき ) が行なわれ、法然上人像を香染めの羽二重で拭いて新年の多幸を祈ります。  

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2008年12月21日

終い弘法

 『 終い弘法 』

  弘法大師の月命日 にあたる 毎月21日東寺 において縁日 「 弘法さん 」 が開かれます。

  今年最後の縁日 ( 今日 ) は 『 終い弘法 』 ( しまいこうぼう ) と呼ばれ、本年の御利益に感謝し、来年の更なる御利益を願って人びとが東寺を参詣します。

  東寺は、平安京造営時に羅城門の東に国を護る 護国寺 ( ごこくじ ) として創建され、弘仁14 ( 823 ) 年、嵯峨天皇弘法大師空海 に東寺を下賜 ( かし : 高位の人が低位の人に与えること ) し、真言密教の道場 となりました。  

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2008年12月07日

針供養

 『 針供養 』

  12月8日 ( 明日 ) は 「 事納め 」 ( ことおさめ ) の日。 昔から12月8日に農作業をすべてを終えて祝ったことから、この日が1年の事納めとなり、様々な行事が行われるようになりました。

  京都の虚空蔵さんで知られる 法輪寺 ( ほうりんじ ) では 『 針供養 』 という、この1年間に一生懸命働いてくれた針をコンニャクに刺して休んでもらう行事が行なわれます。

  また、本尊の 虚空蔵菩薩 ( こくうぞうぼさつ ) は 技芸上達の守護仏 でもあり、参拝すると 針仕事の技芸上達の御利益 があり、境内は多くの人びとで賑わいます。

『 針供養 』  法輪寺
   12月8日
  

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2008年11月08日

嵐山もみじ祭

 『 嵐山もみじ祭 』

  天下の名勝 ・ 嵐山 は、いにしえより風光明媚な場所として愛されてきました。

  平安時代には貴族が川に舟を浮かべて宴席を設け、陽春の桜花初夏の新緑盛夏の避暑初秋の観月晩秋の紅葉厳冬の雪景色 と、四季折々の花鳥風月を感じ、多くの歌に詠んできました。

  桜や紅葉が嵐のように散る ことから 「 嵐山 」 と呼ばれるようになったと伝えられ、これから晩秋にかけての嵐山はまさに燃えるような紅葉を愛でることができます。

『 嵐山もみじ祭 』  嵐山・渡月橋一帯
   11月9日 ( 日 )
   箏曲小督船、今様歌舞船、能舞台船など
   平安時代の舟遊び絵巻が繰り広げられる  

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2008年11月07日

かにかくに祭

 『 かにかくに祭 』

   かにかくに
    祇園は恋し 寝るときも
      枕のしたを水のながるる
               - 吉井勇 -

  祇園をこよなく愛した歌人 吉井勇 ( よしいいさむ : 1886-1960 ) は、祇園白川沿いのお茶屋 大友 ( だいとも : 戦時中の疎開により廃業 ) の女将 磯田多佳 ( いそだたか ) と親交深く、しばしば大友の奥座敷で横になって過ごしていました。

  かつて大友のあった場所には現在、吉井勇の古希 を祝って 谷崎潤一郎 らが昭和30 ( 1955 ) 年に建立した石碑が立ち、毎年11月8日 ( 明日 : 石碑建立の日 )、祇園甲部の芸舞妓が白い菊を手向けて吉井勇を偲ぶ 『 かにかくに祭 』 が行われています。

『 かにかくに祭 』  祇園白川
   11月8日 ( 土 )
   「 かにかくに 」 と刻まれた歌碑の前で、
   祇園をこよなく愛した明治の歌人吉井勇をしのぶ集い
   多くの芸舞妓が参列して献花などが行われる  

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2008年10月19日

二十五菩薩お練り供養

 『 即成院・二十五菩薩お練り供養 』

  正暦3 ( 992 ) 年、僧の 源信 ( げんしん ) が伏見に 光明院 を建立し、のちに藤原頼道 ( よりみち ) の子である 橘俊綱 ( たちばなのとしつな ) が伏見の広大な山荘に光明院を移し、即成就院 と称したのがはじまりと伝えられています。

  平安後期は阿弥陀如来の導きによって極楽浄土へ生まれ変わることを願う 浄土信仰 が盛んとなり、堂内に 阿弥陀如来二十五菩薩 が祀られました。

  仏像群が居並ぶ壮観な空間は、まるで 極楽浄土 が目の前に広がる感覚を見る者にもたらしてくれます。

『 二十五菩薩お練り供養法会 』  即成院
   10月19日 ( 日 ) 13時 ~
   本堂を浄土とし、地蔵堂を現世に見立て、菩薩装束を
   つけた25人が、50mの橋をゆっくりと渡ります。  

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2008年10月11日

粟田祭の剣鉾

 『 粟田祭の剣鉾 』

  粟田神社 ( あわたじんじゃ ) は、貞観18 ( 876 ) 年、疫病を封じるために創建されたと伝えられる古社です。

  粟田神社に伝わる 剣鉾 ( けんほこ ) は、長さ 7~8m の柄の先に が付いた、重さ40~60kgにも及ぶ祭具で、千年の歴史を持つ 『 粟田祭 』 において神様が通る道筋を祓い清め、悪霊を鎮める祭具とされています。

  一人で剣鉾を持ち上げて剣先をしならせながら鈴を鳴らして練り歩くという、古い祭りの形を現代に伝えています。

  粟田の剣鉾は 祇園祭の山鉾の原型 とされており、室町時代、応仁の乱で祇園祭が中断した際、粟田祭をもって祇園祭の代わりとした歴史もあります。

『 粟田祭 』  粟田神社
   10月12日、13日、15日
   13日に剣鉾が町内を巡行  

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2008年08月16日

送り火の火床

 『 送り火の火床 』

  8月16日 ( 今日 ) の午後8時、東山如意ケ岳の 火床 ( ひどこ ) に点火され、夏の夜空に 「 大 」 の文字が浮かび上がります。

  送り火の点火に用いられる 護摩木 に姓名や年令などを書いて納めると、厄除け病気平癒のご利益 があるとされ、16日昼頃まで銀閣寺門前などで護摩木の受付がおこなわれます。

  また、火床の 消し炭 ( 燃えた後の炭 ) を白い紙に巻いて水引をかけて家の軒先に吊るしておくと、無病息災盗難除け になるといわれています。  

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2008年08月15日

五山の送り火

 『 五山の送り火 』

  夏の夜空に浮かぶ 『 五山の送り火 』 は、盂蘭盆 ( うらぼん ) にあの世から帰って来た先祖の精霊を、再び あの世へ送り還す という 宗教行事 です。

  夜空に火を焚いてあの世へ通じる暗い道を明るく照らし、先祖の精霊があの世へ無事に帰ることを願ってはじめられたとされています ( 諸説あり )。

  16日 ( 明日 ) 午後8時に東山の大文字に点火されると、妙・法、船形、左大文字、鳥居形と、東から西へ位置する山々へと順次点火され、精霊を西方極楽浄土へと送り還します。

  五山の送り火は 夏の風物詩 であり、また 夏の終わりを告げる伝統行事 です。  

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2008年08月06日

六道まいり

 『 六道まいり 』

  六道珍皇寺 ( ろくどうちんのうじ ) では、毎年8月7日~10日、お精霊さん ( おしょうらいさん : 先祖の霊魂 ) を 冥土 から 現世 へ迎える 『 六道 ( ろくどう ) まいり 』 がおこなわれます。

  人びとは先祖の戒名 ( かいみょう : 死者に僧侶がつける名前 ) を書いた 水塔婆 ( みずとうば : 薄く細長い板 ) を手に持ち、迎え鐘 を撞いてお精霊さんを呼び寄せ、高野槙 ( こうやまき : スギ科の常緑針葉樹 ) を水に浸して水塔婆を潤 ( うるお ) して納めます。

  盂蘭盆会 ( お盆 ) の前の伝統行事です。

『 六道まいり 』  六道珍皇寺
   8月7日 ~ 10日  

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2008年07月25日

鹿ヶ谷カボチャ供養

 『 鹿ヶ谷カボチャ供養 』

  寛政年間 ( 1789~1801年 ) のこと、ある旅人が津軽国 ( 青森県 ) へ旅した土産に “ かぼちゃ ” の種 を京都へ持ち帰りました。

  その種を 鹿ケ谷 ( ししがたに ) で栽培していると、いつのまにか 瓢箪 ( ひょうたん ) の形となり、以来、京野菜の 『 鹿ケ谷かぼちゃ 』 として珍重されるようになりました。

  京都では “ 夏の土用にかぼちゃを食せば病から逃れられる ” と伝えられ、安楽寺の 『 鹿ケ谷かぼちゃ供養 』 ( 7月25日 ) では、参詣者に煮炊きした鹿ケ谷かぼちゃが振舞われます。

『 鹿ヶ谷カボチャ供養 』  安楽寺
   7月25日 ( 金 )
   当日は寺宝も一般公開されます。
   拝観料 400円  

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2008年07月24日

御手洗祭

 『 御手洗祭 』

  平安時代の貴族は季節の変わり目に清らかな水に手足を浸し、過去の罪や穢れ ( けがれ ) を祓う 禊祓い ( みぞぎはらい ) をおこなっていました。

  下鴨神社『 御手洗祭 』 ( みたらしまつり : 24~27日 ) は、この平安貴族の習わしに由来する伝統行事で、多くの老若男女が 御手洗池 に足を浸し、無病息災 を祈願します。

  御手洗池の池底から湧き水とともに水面にあがる白い水泡を模した和菓子こそ、御手洗池を発祥とする 御手洗団子 ( みたらしだんご ) です。

『 御手洗祭 』  下鴨神社
   7月24日 ( 木 ) ~ 27日 ( 日 )
   献灯料 200円  

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2008年05月29日

御懺法講

 『 御懺法講 』

  大原の 三千院 は、延暦7 ( 788 ) 年、天台宗祖の 伝教大師 最澄 が比叡山内に建立した一つの御堂にはじまり、のちに滋賀の坂本梶井に移り、応仁の乱の後に現在の大原に移りました。

  三千院を中心に大原では 天台声明 ( 仏教声楽 ) の研鑚が行なわれ、古くから修業の地として厚く信仰されてきました。

  三千院で執り行われる 『 御懺法講 』 ( おせんぼうこう : 30日 ) は、江戸時代まで御所で行なわれていた格式ある法要で、声明と雅楽が大原一帯に響き渡る伝統の法要です。

『 御懺法講 』  三千院
   5月30日  

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