2010年01月26日

虚空蔵菩薩

 『 虚空蔵菩薩 』

  『 虚空蔵菩薩 』 ( こくうぞうぼさつ ) とは “ 虚空を蔵する菩薩 ” という意があり、広大な宇宙のような 無限の智恵と慈悲 を持って人びとの望みに応じて分け与える菩薩とされています。

  また、虚空蔵菩薩は古くから 丑寅年生れの守本尊 としても厚く信仰されてきました。

  虚空蔵菩薩を本尊とする嵐山・法輪寺 ( ほうりんじ : 通称・嵯峨の虚空蔵さん ) では、本堂の前に ( 牛 ) と ( 虎 ) の石像が安置されています。
  

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2009年12月25日

神仏習合

 『 神仏習合 』

  日本は古来より、八百万の神 ( やおよろずのかみ ) を信仰する形態が存在し、山には山の神、川には川の神など、様々な場所に神が宿ると考えてきました。

  その後、大陸 から 仏教 が伝来し、仏教は外来の宗教ではありましたが、日本は仏教を柔軟に受け入れ、神道仏教混合 した 『 神仏習合 』 ( 習合 : しゅうごう : 異なる信仰が合わさること ) の時代が長く続きました。

  明治になり、神仏分離令 によって神道と仏教が分けられました。
  

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2009年12月23日

御身拭式

 『 御身拭式 』

  平安末期、修行を終えた 法然上人 は比叡山を下り、黒谷 ( 現在の金戒光明寺 ) や 吉水 ( 現在の知恩院 ) に小さな庵を組んで念仏道場としました。

  法然上人は “ 南無阿弥陀仏の念仏を唱えれば、誰でも救われる ” という 専修念仏 ( せんじゅねんぶつ ) の教えを民衆に説き、それまで特権階級のものであった仏教を民衆のものとしました。

  毎年12月25日、知恩院 では 『 御身拭式 』 ( おみぬぐいしき ) が行なわれ、法然上人像を香染めの羽二重で拭いて新年の多幸を祈ります。
  

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2009年11月27日

報恩講

 『 報恩講 』

  宗祖の恩に報ずる ために、宗祖の命日やその前後に営む法要 ( 仏事 ) を 『 報恩講 』 ( ほうおんこう ) といいます。

  浄土真宗大谷派大本山の 東本願寺 では、11月21日~28日にかけて、宗祖 親鸞聖人 ( 命日 11月28日 ) の恩を偲ぶ 報恩講 が行なわれます。

  期間中は全国から多くの門信徒が東本願寺を訪れ、親鸞聖人の生涯を描いた書物の拝読や、身体上半身を激しく揺さぶりながら念仏を唱和する 「 板東曲 」 の念仏など、宗門をあげた年間最大の仏事が執り行なわれます。  

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2009年10月28日

落飾

 『 落飾 』

  家族や家庭との関係を断ち切り、世俗 ( せぞく : 世の中 ) を離れて僧侶になることを 「 出家 」 ( しゅっけ ) といい、とくに貴人が髪を剃り落として仏門に入って僧侶になることを 『 落飾 』 ( らくしょく ) といいます。

  また、出家して僧侶になった者が再び世俗に戻って俗人 ( ぞくじん : 世間一般の人 ) になることを 「 還俗 」 ( げんぞく ) といい、また 「 落飾 」 の反対語として 「 復飾 」 ( ふくしょく ) ともいわれています。
  

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2009年09月30日

五輪塔

 『 五輪塔 』

  インドで発祥したと伝えられ、仏教とともに日本に伝来してきた 『 五輪塔 』 ( ごりんとう ) は、平安中期以降に 供養塔 として用いられるようになり、鎌倉以降は 墓塔 としても広く用いられてきました。

  五輪塔は 密教 で説かれる 五大 ( ごだい : 万物を生成する の五つの要素 ) を表す五つの形の石から形成された塔で、下から 四角形 ( 地 )・円形 ( 水 )・三角形 ( 火 )・半月形 ( 風 )・宝珠形 ( 空 ) の順に積み上げられています。
  

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2009年09月19日

青不動

 『 青不動 』

  不動明王 は、五色 に配せられることがあり、日本三大不動高野山 ( 和歌山県 ) の 赤不動青蓮院 ( 京都府 ) の 青不動三井寺 ( 滋賀県 ) の 黄不動 と呼ばれ、また東京では 目黒不動目白不動 などが知られています。

  五色の中で青色は、方位に配せられれば中央に位置し、青不動 は五色の不動明王の中では 中心 に位置して 最上位 となり、「 不動明王中の不動明王 」とされています。
  

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2009年08月25日

法名

 『 法名 』

  仏門に入った仏教徒や、死者に付けられる名前を 『 法名 』 ( ほうみょう ) といいます。

  室町幕府を開いた 足利尊氏法名〔 等持院殿仁山妙義大居士 〕 より、足利家の菩提寺は 等持院 ( とうじいん ) と名付けられました。

  法名を寺名とする寺院は、室町幕府3代将軍・足利義満 の法名 〔 鹿苑院 〕 にちなんだ 鹿苑寺 ( ろくおんじ : 金閣寺 ) や、8代将軍・足利義政 の法名 〔 慈照院 〕 にちなんだ 慈照寺 ( じしょうじ : 銀閣寺 ) などが知られています。
  

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2009年08月24日

文殊菩薩

 『 文殊菩薩 』

  『 文殊菩薩 』 ( もんじゅぼさつ ) は 知恵をつかさどる菩薩 とされ、文殊の知恵 ( 文殊菩薩のようなすぐれた知恵という意味 ) という言葉があるように知恵の象徴でもあります。

  金戒光明寺三重塔 は、江戸初期に江戸幕府 2代将軍 徳川秀忠 ( ひでただ ) の菩提を弔うために建立され、内部には本尊として 運慶作文殊菩薩 が祀られています。

  切戸の文殊 ( 京都府宮津市 )、安倍の文殊 ( 奈良県桜井市 ) とともに 日本三文殊 のひとつに数えられています ( 諸説あり )。
  

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2009年08月13日

智拳印

 『 智拳印 』

  密教 ( 大日経 ) の 教主 とされる 大日如来 は、その尊い光明が遍 ( あまね ) く照らすところから 遍照 ( へんじょう )、または 大日( だいにち ) と呼ばれています。

  また、智を表す 金剛界大日如来 と、理を表す 胎蔵界大日如来 の二尊が存在しています。

  金剛界大日如来 は、左右それぞれ親指を中にして拳を結び、左手の人差し指を伸ばして右手の掌中に入れる 『 智拳印 』 ( ちけんいん ) という印を結び、仏の智慧の境地に入る ことを表しています。
  

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2009年08月12日

 『 印 』

  仏教発祥の地 である インド では、手や指などで心を表現する習わし があり、それが 仏像 の手指を様々な形に折り曲げて、仏の悟り を象徴的に表す 『 印 』 ( いん ) として取り入れられています。

  釈迦如来薬師如来 の多くは、右手 の掌 ( てのひら ) を胸の前あたりで前に向けた < 施無畏印 > ( せむいいん ) によって “ 人びとの不安を和らげる ” ことを示し、左手 の掌を下に垂らして前に向けた < 与願印 > ( よがんいん ) によって “ 願うものを与える ” ことを示しています。
  

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2009年08月09日

浄玻璃の鏡 と 人頭杖

 『 浄玻璃の鏡 & 人頭杖 』

  閻魔庁総司 として死者の生前の罪を裁く 閻魔王 は、『 浄玻璃の鏡 』 ( じょうはりのかがみ ) と 『 人頭杖 』 ( じんとうじょう ) と呼ばれる道具を持ち、死者の生前の罪判決 を下します。

  浄玻璃の鏡 は死者の生前の真の姿を映し出す鏡であり、人頭杖 は閻魔の問いに嘘をつくと怖い顔が口から炎を噴き出し、正直な答えには優しい顔の口から白蓮華を噴くといわれ、生前の善行と悪業を閻魔王に知らせます。
  

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2009年06月24日

阿吽

 『 阿吽 』

  梵字 において、 ( あ ) は口を開いて最初に出す音であり、 ( うん ) は口を閉じて最後に出す音であることから、『 阿吽 』 ( あうん ) とは 宇宙< 始まり >< 終わり > を意味し、< 初め >< 究極 >< 悟りを求める心 >< 到達する悟りの境地 > などを表す言葉とされています。

  寺院の山門に左右一対で安置されている 仁王狛犬 は、一方が口を開き、一方が口を閉じた姿で祀られており、阿吽の呼吸 で仏の世界を守護しています。
  

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2009年06月23日

梵字

 『 梵字 』

  古代インド で用いられた 古代語 のひとつ サンスクリット梵語 : ぼんご ) の表記を行うために用いられた文字の総称を 『 梵字 』 ( ぼんじ ) といい、仏教とともに中国を経由して日本へ伝来しました。

  平安時代になると 最澄空海 によって数多くの梵字の経典が中国・唐から日本へもたらされました。

  日本において、梵字は単なる言葉を表記するための文字ではなく、文字自体に霊的な力 がある 神聖な文字 として崇められてきました。
  

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2009年06月22日

金剛力士

 『 金剛力士 』

  仏法を守護する天部の 『 金剛力士 』 ( こんごうりきし ) は、怒りをあらわす 忿怒 ( ふんぬ ) の表情で、多くの場合、口を開いた 阿形 ( あぎょう ) 像と、口を結んだ 吽形 ( うんぎょう ) 像の二体一対で祀られています。

  金剛力士の手には、密教の世界において煩悩を打ち砕く仏の智慧を象徴する法具である 金剛杵 ( こんごうしょ ) が見られ、金剛力士 という言葉は 金剛杵を持つもの という原語から生まれています。
  

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2009年05月26日

 『 劫 』

  仏教の用語で、無限ともいえる極めて長い時間の単位を 『 劫 』 ( こう ) といいます。

  「 劫 」 の具体的な長さについては諸説ありますが、そのひとつに ≪ 天女が百年に一度だけ舞い降り羽衣の袖で大岩を撫でその大岩が消滅するまでの時間 ≫「 一劫 」 とする例えが伝えられています。

  億劫 ( おっくう ) は 「 おっこう 」が正しい読みですが、文字通り、≪ 劫が億もあって容易ではなく面倒臭い ≫ という意味で用いられています。
  

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2009年04月22日

二十八部衆

 『 二十八部衆 』

  釈迦如来 の眷属 ( けんぞく : 従者 ) を 八部衆 といい、千手観音菩薩 の眷属を 『 二十八部衆 』 ( にじゅうはちぶしゅう ) といいます。

  二十八部衆の中には、八部衆に属する守護神や、弁才天や金剛力士など単独で祀られてきた守護神も含まれています。

  二十八部衆は、千手観音像を中心として東西南北と上下を各四部が守護し、さらに南東・南西・北西・北東を各一部が守護することから、合計で二十八部とされています。  

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2009年04月21日

八部衆

 『 八部衆 』

  釈迦如来の配下 として従い、仏教や仏教徒を守護する八つの眷属 ( けんぞく : 従者 ) を 『 八部衆 』 ( はちぶしゅう ) といいます。

  一般的な八部衆は、 ( てん )・ ( りゅう )・夜叉 ( やしゃ )・乾闥婆 ( けんだっぱ )・阿修羅 ( あしゅら )・迦楼羅 ( かるら )・緊那羅 ( きんなら )・摩睺羅 ( まごら ) の八神ですが、奈良・興福寺八部衆 は寺伝より、沙羯羅 ( さから ) など 一般の八部衆とは異なる四神 が入っています。


東京国立博物館
【 興福寺創建1300年記念 国宝 阿修羅展 】
  2009年3月31日-6月7日 ※休館日:月曜日 ただし5月4日は開館
  公式HPは こちら より
  

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2009年04月20日

護法善神

 『 護法善神 』

  仏教や仏教徒を守護する天部に属する神々のことを 『 護法善神 』 ( ごほうぜんじん ) といい、梵天・帝釈天・四天王・八部衆・十二神将などが知られています。

  護法善神の多くは、古代インドで信仰されていた バラモン教ヒンドゥー教 の神々が仏教に取り込まれ、仏教や仏教徒の守護神 となりました。

  古代インドでは 鬼神武神音楽神動物神 として信仰されていたことから、仏像の姿は鬼神や動物を象ったものなど様々な造形がみられます。
  

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2009年04月13日

十三参り

 『 十三参り 』

  虚空蔵菩薩 ( こくうぞうぼさつ ) とは “ 虚空を蔵する菩薩 ” という意味で、広大な宇宙のような無限の智恵と慈悲を持って衆生 ( しゅじょう : 人びと ) の望みに応じて分け与える菩薩です。

  虚空蔵菩薩を本尊とする 法輪寺 ( ほうりんじ ) では、4月13日を中日とした前後1ヶ月間、数えで13歳になる子供が参拝し、虚空蔵菩薩から知恵を授かる 『 十三参り 』 が行われています。

  古くから、参拝後に 法輪寺橋 ( 渡月橋 ) を渡り終えるまで決して後ろを振り返ってはならず、もし振り返ってしまうとお参りして授かった知恵を失ってしまう、と伝えられています。

『 十三参り 』  法輪寺
   3月13日 ~ 5月13日  

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2009年04月08日

釈迦誕生仏

 『 釈迦誕生仏 』

  仏教を開いた 釈迦 ( しゃか ) は、中部ネパールの 釈迦族 として生まれ、父・浄飯王 ( じょうぼんのう : 釈迦族の国王 ) と母・摩耶夫人 ( まやぶにん ) の間に生まれました。

  紀元前463年 ( 諸説あり ) の 4月8日生まれ と伝えられ、美しい花園を散歩中に摩耶夫人が樹木の枝を手折ろうとした時に母の右脇腹より生まれ、すぐに七歩あるいて右手は天を、左手は地を指差して “ 天上天下唯我独尊 ” ( 天上天下において私が最も優れている ) と話した、と伝えられています。

  毎年4月8日 ( あたり )、各地の寺院では花園で生まれた釈迦の誕生を祝う 「 花まつり 」 を行い、境内に花御堂を設けて 『 釈迦誕生仏 』 ( しゃかたんじょうぶつ ) を祀る習わしです。  

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2009年03月21日

空海

 『 空海 』

  約1200年前、唐 ( 中国 ) へ渡る 遣唐使船 にひとりの無名の学僧が乗り込みました。

  若き日、室戸 ( 高知県 ) の岩屋での修行中に日夜見た広大な から 『 空海 』 ( くうかい ) という名を持つ学僧は、密教の真髄を学ぶ ために唐の 青龍寺 ( せいりゅうじ : 密教の総本山 ) へ向かいました。

  青龍寺には中国全土から三千人を超える学僧が集まっていましたが、その中でも 圧倒的な才能 を見せた空海は、わずか2年で密教の全てを習得し、正統な密教の伝承者 として日本に帰国して 日本真言宗を開く とともに、東寺民衆の救済 に力を傾け、また高野山で多くの弟子を育てました。

  日本史上最高の天才 といわれる 空海 は、承和2 ( 835 ) 年 3月21日 ( 今日 )、輝かしい足跡を残して 高野山入定 ( にゅうじょう : 死ではなく永遠の宗教的瞑想 ) しています。  

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2009年03月13日

涅槃

 『 涅槃 』

  『 涅槃 』 ( ねはん ) とは、あらゆる煩悩 ( ぼんのう ) が消え去り、苦しみを離れた安らぎの理想の境地である 悟りの世界 を意味し、それゆえに 「 死 」 そのものを 「 涅槃 」 ともいい、また一般的には仏教を開いた 釈迦の死「 涅槃 」 といいます。

  釈迦の涅槃 ( 死 ) は 陰暦 2月15日 ( 現在の新暦は3月15日 ) とされ、釈迦の遺徳をたたえる 『 涅槃会 』 ( ねはんえ ) が各地の寺院で行われ、堂内には釈迦が死を迎える光景を描いた 涅槃図 ( ねはんず ) が掲げられます。  

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2009年02月17日

菩薩

 『 菩薩 』

  『 菩薩 』 ( ぼさつ ) とは、如来 ( にょらい : 悟りを開いて仏教上の最高の状態にある存在 ) になろうと発心 ( ほっしん : 最高の悟りに達しようと決心すること ) して修業に励む人であり、弥勒菩薩観世音菩薩地蔵菩薩 などは 如来に次ぐ高位の仏 として古くから信仰されてきました。

  弥勒 ( みろく ) 菩薩 は、釈迦の死から 56億7千万年後 に如来となって人びとを救済するとされ、それまでの間は 地蔵菩薩 が六道で苦しむ人びとを救済するとされています。  

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2009年02月16日

裳階

 『 裳階 』

  妙心寺の法堂など、外観 を一見すると屋根の枚数から 二重 ( 二階建て ) に見える建物があります。

  しかし、下層の屋根『 裳階 』 ( もこし ) という 飾りの屋根 で、建物としては 一重 ( 一階建て ) となり、正しくは 「 一重裳階付き 」 という表記になります。

  ( も ) は古代に女性が腰から下にまとった衣服を意味することから、飾りの階 ( 屋根 ) を 「 裳階 」 と呼ぶようになり、当初は建物の保護を目的として設けられ、次第に建物の装飾・意匠を目的とするようになりました。  

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2009年02月14日

国宝・十一面観音菩薩像

 『 国宝・十一面観音菩薩像 』

  南山城の 観音寺 は、今から約1300年前、義淵 ( ぎえん ) 僧正が天武天皇の願いを受けて創建し、のち 良弁 ( ろうべん ) 僧正が堂塔を整備して 普賢寺 とし、壮大な伽藍を持つ大寺院となりました。

  大御堂に祀られている 本尊十一面観音菩薩像 は、天平16 ( 744 ) 年に普賢寺の本尊として祀られ、天下泰平と国民豊楽の願いが込められていると伝えられています。

  天平時代に作られた貴重な仏像であり、全国で七体しかない 国宝 指定の 『 十一面観音菩薩像 』 のひとつです。  

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2009年02月13日

台密と東密

 『 台密と東密 』

  比叡山の天台宗総本山 延暦寺 ( えんりゃくじ ) は、延暦7 ( 788 ) 年、僧・最澄 ( さいちょう ) が薬師堂 ( 現在の根本中堂の場所に建立 ) を建立したことに始まり、のちに天台法華をはじめ、密教、禅、念仏など様々な教えを伝える 総合仏教寺院 として多くの僧が厳しい修行に励みました。

  また 密教 において、『 東密 』 ( とうみつ : 真言宗の密教 / 東寺密教の略 ) に対して 『 台密 』 ( たいみつ : 天台宗の密教の略 ) と呼ばれ、平安貴族から絶大な支持を得て重んじられました。  

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2009年02月06日

毘沙門天

 『 毘沙門天 』

  『 毘沙門天 』 ( びしゃもんてん ) は、夜叉 ( やしゃ : 鬼神 ) を率いて須弥山 ( しゅみせん : 仏教の宇宙観において世界の中央にそびえるという山 ) の 北方を守護する神 とされ、四天王の一尊 として 「 多聞天 」 ( たもんてん ) とも呼ばれています。

  毘沙門天は鎧甲冑を身にまとい、武器を携えることから古来より 武神 としても崇められ、戦国武将・上杉謙信 は自らを 毘沙門天の転生 であると信じていたとされ、旗印にも 「 毘 」 の文字を用いていました。  

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2009年01月14日

末法思想

 『 末法思想 』

  平安後期、悟りが開けない 末法 ( まっぽう ) が到来するという 『 末法思想 』 が広まり、末法の到来におびえた貴族は 極楽浄土への憧れ をより強くし、現世に極楽浄土をあらわした庭園や建築を次つぎと造営しました。

  永承7 ( 1052 ) 年、藤原頼通 ( よりみち ) は 父 ・ 道長 ( みちなが ) の山荘であった宇治殿を寺院に改め、寺名を 平等院 としました。

  翌年には、境内に優美な 鳳凰堂 ( 国宝 ) が建立され、本尊として 阿弥陀如来坐像 ( 国宝 ) が祀られました。  

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2008年12月08日

成道

 『 成道 』

  仏教の開祖・釈迦 は、出家から6年に渡って苦行を重ねますが、苦しみから逃れる真理には至らず、苦行を捨てて独自の道を歩み、菩提樹の下で49日間の冥想に入り、ついに 12月8日 の未明に 悟り を開きました。

  これを “ 悟りへの道が成る ” ことから 『 成道 』 ( じょうどう ) と呼び、古来より12月8日は釈迦の悟りを祝う法要 「 成道会 」 が営まれてきました。

  悟りの境地 には、物事にとらわれのない心の静けさ があるといわれています。  

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