2012年05月16日

施浴

 『 施浴 』

  入浴と仏教には密接な関係があり、古くは仏像を湯で洗い清めたことにはじまります。

  寺院には 浴堂 (浴室)という建物が設けられ、“ 入浴は七病を除き七福を得る ” という教えから僧侶が功徳を積み、また身を清めるために入浴をおこないました。

  八世紀後半には、近隣の人びとに浴堂が開放され、庶民が身を清める 『 施浴 』 ( せよく ) がはじまったという記録が残されています。

  西本願寺の黄鶴台妙心寺の明智風呂 など、風呂屋形蒸し風呂 の遺構が現存しています。
  

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2012年04月30日

論湿寒貧

 『 論湿寒貧 』

  比叡山延暦寺 は、延暦7 ( 788 ) 年、伝教大師・最澄 が比叡山内に 一乗止観院 ( いちじょうしかんいん ) を創建したことに始まり、天台宗総本山 として長い歴史を受け継いできました。

  比叡山には 『 論湿寒貧 』 ( ろんしつかんぴん ) という言葉が伝えられ、夏は “ 湿 ” 気が高くて蒸し暑く、冬は厳しい “ 寒 ” さに襲われ、そのような中で仏法の “ 論 ” 議を通して自らを磨き、清 “ 貧 ” を受け入れて修行することを表しています。
  

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2012年04月08日

釈迦の誕生

 『 釈迦の誕生 』

  仏教を開いた 釈迦 ( しゃか ) は、中部ネパールの 釈迦族 として生まれ、父・浄飯王 ( じょうぼんのう : 釈迦族の国王 ) と母・摩耶夫人 ( まやぶにん ) の間に生まれました。

  紀元前463年 ( 諸説あり ) の 4月8日生まれ と伝えられ、美しい花園を散歩中に摩耶夫人が樹木の枝を手折ろうとした時に母の右脇腹より生まれ、すぐに七歩あるいて右手は天を、左手は地を指差して “ 天上天下唯我独尊 ” ( 天上天下において私が最も優れている ) と話した、と伝えられています。
  

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2012年03月10日

浴室

 『 浴室 』

  風呂とは元来 「 蒸し風呂 」 を指す言葉とされ、現在のような浴槽に湯を入れて浸かる風呂は 湯屋 ( ゆや ) や 湯殿 ( ゆどの ) と呼ばれて区別されていました。

  寺院に建つ風呂は 『 浴室 』 ( よくしつ ) と呼ばれ、“ 入浴は七病を除き、七福を得る ” という教えから僧侶が功徳を積み、また身を清めるために入浴を行いました。

  8世紀後半には、寺院の浴室が庶民に開放され、身を清める 「 施浴 」 ( せよく : 布教の目的もある ) が始まったという記録が残されています。
  

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2012年01月27日

峨眉山

 『 峨眉山 』

  “ 普く ( あまねく ) 賢い者 ” という意があり、すべての人びとを救う賢者普賢菩薩 ( ふげんぼさつ ) は、中国・四川省 にそびえる 『 峨眉山 』 ( がびさん : 海抜3099m ) が 霊場 とされています。

  中国の仏教には 三大霊場 と呼ばれる三つの 霊山 があり、五台山 ( ごだいさん : 山西省北部 )・天台山 ( てんだいさん : 浙江省東部 )・峨眉山 ( がびさん : 四川省西部 ) が 三大霊場 に数えられています。

  五台山 は古くからの 霊山 として 仏教寺院チベット仏教寺院 が多く点在し、天台山道教 の霊山として開かれた後は 天台宗 を中心とする 仏教 の霊山となりました。
  

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2012年01月26日

普賢菩薩

 『 普賢菩薩 』

  『 普賢菩薩 』 ( ふげんぼさつ ) とは “ 普く ( あまねく ) 賢い者 ” という意味があり、仏の真理修行の徳 を司って、すべての人びとを救う賢者の菩薩 とされています。

  白象 に乗って 合掌 をしている姿が一般的で、釈迦三尊像 では 文殊菩薩 ( もんじゅぼさつ ) とともに釈迦如来の脇に侍る 脇侍 ( きょうじ ) を担っています。

  普賢菩薩女人成仏 を説く 法華経 に現れることから、特に 女性からの厚い信仰 を集めてきました。 また、辰年の守り本尊 ともされています。

第46回・京の冬の旅
≪ 非公開文化財・特別公開 ≫


相国寺塔頭 『 大光明寺 』 特別公開
 1/7(土)~3/18(日) 10~16時( 受付終了 )
 ・辰年の守り本尊・普賢菩薩を祀る
 ・普賢菩薩の霊場・中国四川省の峨眉山ゆかりの庭園
  ※詳細は 京の冬の旅・公式HP こちら
  ※公開期間中、拝観休止の日時こちら を参照ください  

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2012年01月18日

達磨大師

 『 達磨大師 』

  開運の縁起物 “ だるまさん ” は、歴史上に実在した人物 『 達磨大師 』 ( だるまたいし ) の座禅姿を模して作った張り子の玩具です。

  達磨大師 は南インドの王子として生まれ、般若多羅から教えを受け、中国に渡って禅宗を伝えたことから 中国禅宗の祖 とされています。

  中国・少林寺の洞窟内で壁に面して9年間も座禅三昧した ( 面壁九年 の修行 ) と伝えられ、天龍寺や等持院では、沈思黙考する達磨大師が参詣者を出迎えます。
  

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2011年12月06日

成道

 『 成道 』

  厳しい修行で悟りを得られなかった 釈迦 は苦行を捨て、最後は 菩提樹 の下に座して 「 これで悟りを得られなければ生きてこの座をたたない 」 と固い決意で 瞑想 に入り、ついに 12月8日 未明、迷いを脱して真理を会得する 悟りの境地 に到達しました。

  悟りを開いた釈迦は人びとに正しい生き方や苦しみから逃れる方法を説法し、その教えが 仏教 となりました。

  悟りを開いて仏道を完成する ことを 『 成道 』 ( じょうどう ) といい、毎年12月8日、寺院では成道を祝う法要・成道会 ( じょうどうえ )が執り行われています。
  

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2011年11月04日

月輪陵

 『 月輪陵 』

  泉涌寺 ( せんにゅうじ ) は 皇室の菩提寺 として格式高い歴史を受け継ぎ、「 御寺 」 ( みてら ) と呼ばれています。

  泉涌寺境内の東には 『 月輪陵 』 ( つきのわりょう ) と呼ばれる 天皇の陵墓灰塚 などがあり、鎌倉時代の第87代・四条天皇 をはじめ、江戸時代の第108代・後水尾天皇 から第120代・仁孝天皇 までの25陵・5灰塚・9墓が営まれています。

  また月輪陵の背後の山腹には、南に第121代・孝明天皇後月輪東山陵、北に 英照皇太后後月輪東北陵 が築かれています。
  

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2011年10月26日

四天王

 『 四天王 』

  『 四天王 』 ( してんのう ) は、本尊が安置される須弥壇の四隅に配され、四方を守護しています。

  四天王はそれぞれ古代インドの神話に登場する神々で、東方を守護する 持国天 ( じこくてん ) は 国を支える者 という意味があり、南方を守護する 増長天 ( ぞうちょうてん ) は 大きく育つ、西方を守護する 広目天 ( こうもくてん ) は 千里眼を持つ者、北方を守護する 多聞天 ( たもんてん ) は すべてを一切聞きもらさぬ知恵者 という意味があります。
  

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2011年09月29日

護持僧

 『 護持僧 』

  『 護持僧 』 ( ごじそう ) とは、天皇が日常生活の居所とした清凉殿 ( せいりょうでん ) の二間に侍して、天皇を護持する ために日夜、勤行する僧侶 のことを言います。

  護持僧の制度は桓武天皇の時にはじまり、東寺 ( 真言宗 ) ・ 延暦寺 ( 天台宗山門派 ) ・ 園城寺 ( 天台宗寺門派 : 通称 三井寺 ) の高僧に限って選ばれてきました。

  夜も一晩中、天皇のそばに侍して、万一の危急があった時に 加持祈祷 を執り行うため、「 夜居 ( よい ) の僧 」 とも呼ばれていました。
  

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2011年08月25日

文殊菩薩

 『 文殊菩薩 』

  『 文殊菩薩 』 ( もんじゅぼさつ ) は 知恵をつかさどる菩薩 とされ、文殊の知恵 ( 文殊菩薩のようなすぐれた知恵という意味 ) という言葉があるように知恵の象徴でもあります。

  金戒光明寺三重塔 は、江戸初期に江戸幕府 2代将軍 徳川秀忠 ( ひでただ ) の菩提を弔うために建立され、内部には本尊として 運慶作文殊菩薩 が祀られています。

  切戸の文殊 ( 京都府宮津市 )、安倍の文殊 ( 奈良県桜井市 ) とともに 日本三文殊 のひとつに数えられています ( 諸説あり )。
  

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2011年08月15日

精霊馬

 『 精霊馬 』

  お盆の上の供物の中で “ きゅうり ”“ なす ” に楊枝をさしたものを 『 精霊馬 』 ( しょうりょううま ) と呼びます。

  昔から 先祖の精霊精霊馬に乗ってこの世とあの世を行き来する と伝えられてきました。

  “ きゅうり ” に楊枝をさしたものを にたとえて、少しでも早く霊があの世から帰って来るように、また “ なす ” に楊枝をさしたものを にたとえて、お盆が終わってのんびりとあの世へ帰って行くように、との願いを込めてお供えしています。
  

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2011年08月12日

盂蘭盆

 『 盂蘭盆 』

  お盆 とは陰暦 7月15日を中心に行われる仏事で、新暦の現在では一般的に 8月13日~15日に行われています。

  お盆の語源 は、サンスクリット語の ullambana ( ウラムバナ ) を音写した 盂蘭盆 ( うらぼん ) の略といわれています。

  もとは中国において、苦しんでいる亡者を救うために 7月15日に行われた仏事が盂蘭盆 ( うらぼん ) であり、これが日本へ伝来し、初秋の 魂祭 ( たままつり : 先祖の霊を祀る行事 ) と習合し、祖先の霊を供養する仏事 となりました。
  

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2011年05月31日

四苦八苦

 『 四苦八苦 』

  四苦八苦 ( しくはっく ) とは、本来は “ 人間のあらゆる苦しみ ” をあらわす仏教用語です。

  四苦生老病死 ( しょうろうびょうし ) という、人間として逃れられない必然的な苦しみのこと。

  八苦 は四苦に加えて、愛別離苦 ( あいべつりく : 愛する人と別れる苦しみ )、怨憎会苦 ( おんぞうえく : 怨み憎む人と出会う苦しみ )、求不得苦 ( ぐふとくく : 求めるものが得られない苦しみ )、五陰盛苦 ( ごおんじょうく : 物事に執着する苦しみ ) という、精神的な苦しみのことです。
  

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2011年05月23日

滅法

 『 滅法 』

  仏教の絶対的真理 である 真如 ( しんにょ : あるがままにあること ) や 涅槃 ( ねはん : あらゆる煩悩が消滅し、苦しみを離れた安らぎの境地 ) など、因果関係に支配される世界を超えて、絶対に生滅変化することのないものを 「 無為 」 ( むい ) や 『 滅法 』 ( めっぽう ) といいます。

  「 滅法 」 には 「 因縁を超越した不変のもの 」 という意味が含まれることから、近世になって 「 めっぽう強い 」 など、「 桁外れ 」 という意味が派生しました。
  

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2011年04月19日

観音開き

 『 観音開き 』

  仏像経典 を納める戸棚形の仏具を 厨子 ( ずし ) といい、その多くは漆や金箔などの美しい装飾が施されています。

  また、厨子の扉 は中央から左右両側に対称に開くように作られた 両開きの扉 が多く、仏像の観音様を納めた厨子の造りということから 『 観音開き 』 ( かんのんびらき ) と呼ばれています。

  寺院の仏像が 秘仏 とされている場合、特定の機会を除いては一般に公開していないため、厨子の扉が閉じられています。
  

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2011年03月13日

涅槃

 『 涅槃 』

  『 涅槃 』 ( ねはん ) とは、あらゆる煩悩 ( ぼんのう ) が消え去り、苦しみを離れた安らぎの理想の境地である 悟りの世界 を意味し、それゆえに 「 死 」 そのものを 「 涅槃 」 ともいい、また一般的には仏教を開いた 釈迦の死「 涅槃 」 といいます。

  釈迦の涅槃は 陰暦 2月15日 ( 現在の新暦は3月15日 ) とされ、釈迦の遺徳をたたえる 『 涅槃会 』 ( ねはんえ ) が各地の寺院で行われ、堂内には釈迦が死を迎える光景を描いた 涅槃図 ( ねはんず ) が掲げられます。
  

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2011年02月26日

明王

 『 明王 』

  真言宗の本尊仏である 大日如来 ( だいにちにょらい ) は “ 宇宙そのもの ” であるとされ、密教の曼荼羅図 ( まんだらず ) には、大日如来を中心とする仏の世界が描かれています。

  優しい慈悲に満ちた仏様の中において、髪を逆立て、目を見開き、牙を剥き出した怒りの形相をした 『 明王 』 ( みょうおう ) は、人びとに強い印象を与えます。

  人間の内側にある弱い心や怠ける心に対し、明王は強い怒りでそれを断じ、人を正しい真理へと導きます。 明王の怒り とは、優しい慈悲に満ち溢れた怒り なのです。
  

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2011年02月13日

台密と東密

 『 台密と東密 』

  比叡山の天台宗総本山 延暦寺 ( えんりゃくじ ) は、延暦7 ( 788 ) 年、僧・最澄 ( さいちょう ) が薬師堂 ( 現在の根本中堂の場所に建立 ) を建立したことに始まり、のちに天台法華をはじめ、密教、禅、念仏など様々な教えを伝える 総合仏教寺院 として多くの僧が厳しい修行に励みました。

  また 密教 において、『 東密 』 ( とうみつ : 真言宗の密教 / 東寺密教の略 ) に対して 『 台密 』 ( たいみつ : 天台宗の密教の略 ) と呼ばれ、平安貴族から絶大な支持を得て重んじられました。
  

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2011年02月06日

毘沙門天

 『 毘沙門天 』

  『 毘沙門天 』 ( びしゃもんてん ) は、夜叉 ( やしゃ : 鬼神 ) を率いて須弥山 ( しゅみせん : 仏教の宇宙観において世界の中央にそびえるという山 ) の 北方を守護する神 とされ、四天王の一尊 として 「 多聞天 」 ( たもんてん ) とも呼ばれています。

  毘沙門天は鎧甲冑を身にまとい、武器を携えることから古来より 武神 としても崇められ、戦国武将・上杉謙信 は自らを 毘沙門天の転生 であると信じていたとされ、旗印にも 「 毘 」 の文字を用いていました。
  

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2011年01月20日

東寺と西寺

 『 東寺と西寺 』

  中国・長安の都に倣って造営された 平安京 は、南端中央に正門として 羅城門 が建設され、その東西には国を護る寺として 『 東寺 』『 西寺 』二大官寺 が建立されました。

  東寺 は長い歴史の中で幾度も火災に遭いましたが、弘法信仰 を中心とする民衆の厚い信仰に支えられ、幾度も再建されて現在に至っています。

  しかし、西寺 は平安王朝の崩壊によって庇護を失って衰退の一途を辿り、天福元 ( 1233 ) 年には 五重塔が焼失 し、歴史の表舞台から永遠に姿を消してしまいました。
  

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2011年01月18日

達磨大師

 『 達磨大師 』

  開運の縁起物 “ だるまさん ” は、歴史上に実在した人物 『 達磨大師 』 ( だるまたいし ) の座禅姿を模して作った張り子の玩具です。

  達磨大師 は南インドの王子として生まれ、般若多羅から教えを受け、中国に渡って禅宗を伝えたことから 中国禅宗の祖 とされています。

  中国・少林寺の洞窟内で壁に面して9年間も座禅三昧した ( 面壁九年 の修行 ) と伝えられ、天龍寺や等持院では、沈思黙考する達磨大師が参詣者を出迎えます。
  

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2011年01月16日

柳のお加持

 『 柳のお加持 』

  三十三間堂 で行なわれる 『 柳のお加持 』 ( やなぎのおかじ : 1月16日 ) は、正月の初水を本尊の霊力にて7日間に渡って御祈祷し、その法水を霊木とされる柳の枝で参拝者の頭上に灌 ( そそ ) いで加持 ( かじ ) する霊験あらたかな伝統行事です。

  加持 ( かじ ) とは、神仏の加護を祈る儀式 のことで、古くは密教の修法を 「 加持 」 といいましたが、のちに民間信仰と混合して病気や災難の除去などの現世利益を願う祈祷も含めて 「 加持 」 というようになりました。
  

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2010年12月12日

閻魔

 『 閻魔 』

  怒りの形相をあらわす 『 閻魔 』 ( えんま ) は、亡者の罪に判決を下す地獄の王とされ、閻魔大王閻魔法王 とも呼ばれています。

  もとは インドの神話に登場する神 とされ、中国 へ伝来すると 道教の冥界思想 と結び付き、人の寿命や福禄をつかさどる 泰山府君の神習合 ( しゅうごう : 異なる二つ以上の教義などを折衷すること ) しました。

  そして 日本 においては、閻魔の本地 ( ほんじ : 本来の姿 ) が 地蔵菩薩 と考えられるようになりました ( 諸説あり )。
  

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2010年11月12日

お十夜粥

 『 お十夜粥 』

  念仏の修行をすることによって極楽浄土に往生することを願う法要 「 お十夜 」 ( おじゅうや ) では、秋に収穫したばかりの新米などの穀物を阿弥陀様にお供えして、その供えられた穀物で 『 お十夜粥 』 ( おじゅうやがゆ ) と呼ばれる お粥 を作っていただく習わしがあります。

  この 「 お十夜粥 」 が訛 ( なま ) って 「 おじや 」 という言葉になったとも伝えられ、お十夜粥を食べれば 中風除け のご利益があるとされています。
  

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2010年11月09日

五大明王

 『 五大明王 』

  主に真言宗で受け継がれている密教では、五人の偉大な明王 の総称を 『 五大明王 』 ( ごだいみょうおう ) と呼んでいます。

  仏像や仏画として五大明王を並べる場合、不動明王 ( ふどう ) を中央に配して、東に 降三世明王 ( ごうざんぜ )、南に 軍荼利明王 ( ぐんだり )、西に 大威徳明王 ( だいいとく )、北に 金剛夜叉明王 ( こんごうやしゃ ) を配する場合が一般的で、代表例として 東寺講堂 に祀られている 五大明王像 などが知られています。
  

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2010年10月31日

木魚

 『 木魚 』

  お経を読む時に叩く木製の仏具を 『 木魚 』 ( もくぎょ ) といい、バチで叩くと 「 ぽくぽく 」 という音が鳴ります。

  元は 禅寺 で使われていた 魚板 ( ぎょばん ) が原型といわれ、その名の通り、魚の形をした板を叩き鳴らして行事や儀式の時刻を報じて集合の合図としました。

  魚は日夜を問わず常に目を開けていることから 修行に精進する ことの象徴とされ、また、魚の腹を叩くことで 煩悩を吐き出させる という意味もあったと伝えられています。
  

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2010年03月17日

殿司

 『 殿司 』

  東福寺涅槃図 を描いた室町初期の画僧・明兆 ( みんちょう ) は、墨の線描きと強い色彩を調和させた手法で多くの 頂相 ( ちんぞう : 高僧の肖像画 ) など描きました。

  明兆東福寺殿司 ( でんす ) となったために 兆殿司 ( ちょうでんす ) とも呼ばれています。

  『 殿司 』 ( でんす ) とは 禅寺 において、殿堂の掃除灯燭 ( とうしょく : ろうそく )、香華 ( こうげ : 仏前に供える香と花 )、供物 ( くもつ : 供え物 ) などを取り扱う 役僧 をいいます。
  

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2010年01月30日

夜叉

 『 夜叉 』

  『 夜叉 』 ( やしゃ ) とは、古くインドでは人を害する悪鬼・ヤクシャ とされ、後世になって 仏教 に取り込まれた際に 「 夜叉 」 と呼ばれ、仏教を守護する 護法善神 ( ごぼうぜんじん ) となりました。

  インドでは 財宝の神クベーラ ( クベーラも仏教に取り込まれて毘沙門天と呼ばれる ) の 眷属 ( けんぞく : 従う者 ) とされ、仏教でもその関係性は保たれ、毘沙門天 の眷属として 北方を守護する鬼神 とされています。
  

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