2009年07月15日

きゅうりを食べない

 『 きゅうりを食べない 』

  宵山の駒形提灯には、八坂神社神紋 である 【 五瓜に唐花紋 】 ( ごうりにからばなもん ) や 【 三つ巴紋 】 ( みつどもえもん ) が見られます。

  祇園祭八坂神社の祭礼 であり、八坂神社の神紋 【 五瓜に唐花紋 】 と、きゅうり を 輪切りにした断面の形がよく似ていることから、京都では古くから ≪ 祇園祭の期間中は、きゅうりを食べない ≫ という習わしが伝えられ、祇園祭が何事もなく無事に執り行われることを願い続けてきました。

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2009年07月14日

宵山

 『 宵山 』

  夕刻になると 祇園鉾町 に建ち並ぶ 山鉾駒形提灯 に火が灯り、あちらこちらから “ コンチキチン ”祇園囃子 が高らかに響きはじめます。

  14日から16日は 『 宵山 』 ( よいやま ) と呼ばれ、祭りの熱気が一気に高まって賑わいをみせます。

  この宵山の期間中、祇園鉾町の旧家では所蔵する 屏風 などの家宝を玄関口などに飾って人びとに披露する習わしがあり、そのことから宵山は 別名屏風祭 ( びょうぶまつり ) ともいわれています。

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2009年07月13日

長刀鉾稚児社参

 『 長刀鉾稚児社参 』

  古来より、 ( けが ) れのない純真無垢な子供 には 神霊が降臨しやすい と考えられ、『 稚児 』 ( ちご ) と呼ばれる 神様の使い として、全国の様々な祭礼において重要な役割を担ってきました。

  稚児 とは、乳児や幼児をあらわす 乳飲み子 ( ちのみご ) が語源と考えられています。

  祇園祭では毎年13日、長刀鉾稚児 が八坂神社を参拝し、お位を授かる 『 稚児社参 』 ( ちごしゃさん ) が行なわれ、以後、稚児は地面を踏まず、注連縄が張られた祭壇のある部屋で厳粛な日々を送ります。

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2009年07月12日

山鉾曳初

 『 山鉾曳初 』

  絢爛豪華な山鉾の組み立てが終わると、12日から14日にかけて 山鉾の試し引き をする 『 山鉾曳初 』 ( ひきぞめ ) が行なわれます。

  祇園囃子 が演奏され、エンヤラヤー の掛け声とともに数百メートルの距離を動きます。

  17日の巡行当日は原則として成人男子のみが山鉾を引きますが、曳初では老若男女を問わず誰でも参加して山鉾を引くことができ、昔から曳初に参加すると 一年が無病息災になる と伝えられています。

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2009年07月11日

山鉾建

 『 山鉾建 』

  祇園祭を華やかに飾る山鉾の 『 山鉾建 』 ( やまほこたて ) が、10日から14日にかけて行なわれます。 前年の巡行を終えて、完全に解体されて倉庫で保管されている山鉾の部材を、再び組み立てます。

  胴体の胴組みは、釘を使わず荒縄だけで固定する伝統の技法・縄がらみ で組み立てられ、真木 ( 鉾を取り付ける中心の柱 )・車輪・屋根・懸装品などを組み付けて山鉾が完成します。

  絢爛豪華な懸装品を纏う山鉾は、まさに 動く美術館 です。

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2009年07月10日

神輿洗

 『 神輿洗 』

  10日夜に行なわれる祇園祭の神事 『 神輿洗 』 ( みこしあらい ) は、松明の明かりで八坂神社から 神輿 を四条大橋まで導き、鴨川から汲み上げた御神水で神輿を洗い清める神事で、清める際に飛び散る水しぶきにかかると 無病息災 のご利益があると伝えられています。

  この神輿洗の神事にちなみ、四条大橋付近の鴨川は 宮川 ( みやがわ : お宮さんの川 ) と呼ばれており、花街のひとつ 宮川町の地名の由来 にもなっています。

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2009年07月09日

休み山

 『 休み山 』

  祇園祭 には 32基山鉾 が受け継がれていますが、その他に、かつて巡行に参加していた記録があるものの、戦火や大火などで 山鉾や懸想品を焼失 し、現在までに復興が叶っていない 『 休み山 』 と呼ばれる山鉾が3基あります。

  休み山のひとつ 大舩鉾 ( おおふなぼこ ) は、元治元 ( 1864 ) 年の大火で焼失しましたが、現在では宵山期間中、焼け残った御神面や懸想品が披露され、お囃子が受け継がれています。

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2009年07月06日

鉾頭

 『 鉾頭 』

  神様が現れた時に宿る場所を 依り代 ( よりしろ ) といい、古来より 光り輝く物尖った物神様が宿りやすい と考えられてきました。

  祇園祭の鉾の頂部には 『 鉾頭 』 ( ほこがしら ) があり、この鉾頭が神様の依り代となって 疫神 を集めて清め祓い、疫病退散をもたらします。

  古くは 剣鉾 ( けんぼこ ) と呼ばれる長さ約7メートルほどの祭具でしたが、室町時代頃に剣鉾に台車が付き、現在のような 大型の鉾車 となったとされています。

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2009年07月05日

長刀鉾町・吉符入と稚児舞披露

 『 長刀鉾町の吉符入と稚児舞披露 』

  長刀鉾町 では7月5日に 吉符入 が行なわれ、今年の稚児役に選ばれた 稚児 ( ちご ) が初めて正式に町内の人に紹介されます。

  まずは盃事を行なって祭りの無事を祈願し、町会所の2階から四条通へ向って、稚児 と2人の 禿 ( かむろ ) が巡行時に鉾の上で舞う 太平の舞 ( 15時~ ) を披露します。

  ゆったりした奉納囃子にのせた優雅な舞はもちろん、巡行時とは異なる稚児のあでやかな衣装や冠も見ものです。

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2009年07月04日

二階囃子

 『 二階囃子 』

  吉符入が済むと、各町会所では 祇園囃子稽古 が始まり、町会所の2階で行なわれるため 『 二階囃子 』 ( にかいばやし ) と呼ばれています。

  祇園囃子は、 ( かね )・太鼓 によって奏でられ、鉦方 ( かねかた : 鉦を打つ組 ) は少年期から稽古を始め、成人して 太鼓方笛方 になるのが一般的です。

  また、祇園囃子の曲には大きく分けて2種類があり、山鉾巡行時に四条通を八坂神社へ向って進んで神様を迎えに行く際に奏でられる優雅な 渡り囃子 と、その後に町内へと戻る際に奏でられる軽快な 戻り囃子 があります。

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2009年07月03日

祇園祭の歴史

 『 祇園祭の歴史 』

  祇園祭 は、貞観11 ( 869 ) 年に全国的に大流行した 疫病の退散 を願って始められ、当初は疫病が流行った年のみ行われていましたが、天禄元 ( 970 ) 年からは毎年行われるようになりました。

  室町時代、商工業で力を得た 町衆 の手によって祇園祭が運営されるようになり、安土桃山時代には 豊臣秀吉 によって数町から成る組織で山鉾を運営する 寄町 ( よりまち ) 制度 が制定され、祇園祭は盛大な祭りへと発展し、荘厳華麗な大型の山鉾が誕生しました。

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2009年07月02日

くじ取り式・くじ取らず

 祇園祭 『 くじ取り式・くじ取らず 』

  祇園祭の盛り上がりが最高潮に達する 山鉾巡行 ( 現在は7月17日 ) において、昔は巡行の順番をめぐる争いが絶えなかったことから、明応9 ( 1500 ) 年より巡行順を決める 『 くじ取り式 』 ( 現在は7月2日 ) が始められました。

  しかし、山鉾巡行の際に 先頭 を進んで 注連縄を切る 役割を担う 長刀鉾 や、かつて7月24日に行なわれていた 後の祭の最後尾 を巡行していた 南観音山 など、八基の山鉾慣例 によって巡行順が決まっていることから 『 くじ取らず 』 と呼ばれています。

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2009年07月01日

吉符入・長刀鉾町お千度

 祇園祭 『 吉符入・長刀鉾町お千度 』

  千年以上の歴史を誇る 『 祇園祭 』 ( ぎおんまつり ) は、7月1日~5日に各山鉾町で行われる ≪ 吉符入 ≫ ( きっぷいり : 神事始め ) で幕を開け、宵山山鉾巡行神幸祭還幸祭 など諸祭行事が1ヶ月に渡って行われ、31日の 疫神社夏越祭 で幕を閉じます。

  八坂神社では1日10時から ≪ 長刀鉾町お千度 ≫ ( なぎなたぼこちょう・おせんど ) が行われ、長刀鉾町の稚児や役員たちがお祓いを受けた後に社殿を右回りに3周して、祭りの無事を祈願します。

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2008年07月30日

祇園祭 夏越祭

 『 祇園祭 夏越祭 』

  1日の 吉符入り で幕を開けた 祇園祭 も、明日 ( 31日 ) の 『 夏越祭 』 ( なごしさい ) で 1ヶ月に渡る神事に幕を閉じます。

  朝10時、祇園祭の関係者が八坂神社の境内にある 疫神社 ( えきじんじゃ ) に参列して 疫病退散の神事 を行い、その後、一般の参拝者も鳥居に設けられた 茅の輪 ( ちのわ ) をくぐり、無病息災を祈願します。

  茅の輪 ( かや ) は疫病退散のお守りになると伝えられ、参拝者が家に持ち帰ります。

  終わりゆく祇園祭の名残を惜しむ最後の神事です。  

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2008年07月23日

祇園祭 花傘巡行と還幸祭

 『 祇園祭 花傘巡行と還幸祭 』

  京都の夏を彩る 祇園祭。 16日の宵山は祇園囃子に誘われるように多くの人びとが集い、17日の山鉾巡行は長刀鉾を先頭に32基の山鉾が都大路を華やかに巡行しました。

  山鉾巡行が終わって一段落した感のある京都の街ですが、祇園祭は今月末まで神事が続きます。

  24日 ( 明日 ) におこなわれる 『 花傘巡行 』 ( はながさじゅんこう ) は、花傘を中心に約千人の華やかな行列が八坂神社から巡行し、夜には御旅所に奉安している神輿が再び八坂神社へ還る神事 『 還幸祭 』 ( かんこうさい ) がおこなわれます。  

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2008年07月18日

無言詣

 『 無言詣 』

  昨日 ( 17日 )、八坂神社の神輿四条寺町御旅所 へ奉安 ( ほうあん : 尊い物を安置すること ) されました。

  神輿は三基 あり、素戔嗚尊 ( すさのおのみこと ) を祀る 中御座 ( なかござ )、櫛稲田姫命 ( くしいなだひめのみこと ) を祀る 東御座八柱御子神 ( やはしらのみこがみ ) を祀る 西御座 です。

  24日の還幸祭で神輿が八坂神社へ戻るまでの 七日七夜誰ともしゃべらずに御旅所の神輿前に詣でる心願が成就する という 『 無言詣 』 ( むごんまいり ) の習わしがあり、舞妓さんや芸妓さんが願いを込めて無言詣をおこないます。  

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2008年07月17日

祇園祭 神幸祭

 『 祇園祭 神幸祭 』

  山鉾巡行が終わると、祇園祭で最も重要な神事 『 神幸祭 』 ( しんこうさい ) がおこなわれます。

  17日 ( 今日 ) の夕刻、八坂神社の神霊を遷した三基の神輿が神社を出発し、法被姿の氏子達が荒々しく担いで氏子町を巡行します。

  夜、三基の神輿は四条寺町にある 御旅所 ( おたびしょ : 神輿を迎えて奉安する所 ) に入り、還幸祭 ( かんこうさい : 24日 ) までの7日7晩、町内に滞在します。

  八坂神社の神様を迎える神幸祭と還幸祭は、平安時代に始まる祇園御霊会の古式を今に伝える神事です。  

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2008年07月16日

祇園祭 山鉾巡行

 『 祇園祭 山鉾巡行 』

  八坂神社の神様を神輿 ( みこし ) に移して町へお迎えする 神幸祭 ( しんこうさい : 17日午後 ) の前に、32基の 山鉾が町を清め祓いながら巡行 する行事、それが 『 山鉾巡行 』 ( 17日午前 ) です。

  大型の鉾は高さが25m近くもあり、巡行の際には信号機が邪魔になるために格納しています。

  電線は地中に埋設していますが、明治時代には電力会社の職員が電柱に登って電線を切断し、通過後に急いで復旧工事をしていた・・・ なんて苦労話もあったようです。  

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2008年07月15日

宵山

 『 宵山 』

  陽が沈む夕刻になると、祇園鉾町に建ち並ぶ山鉾の駒形提灯に火が灯り、あちらこちらから “ コンチキチン ”祇園囃子 が高らかに響きはじめます。

  17日の山鉾巡行を前にして、15日は 宵々山 ( よいよいやま )、16日は 宵山 ( よいやま ) と呼ばれ、祭りの熱気が一気に高まって賑わいをみせます。

  この宵山の期間、祇園鉾町の旧家では所蔵する屏風などの家宝を人びとに披露するならわしがあり、ゆえに宵山は別名 『 屏風祭 』 ( びょうぶまつり ) ともいわれています。  

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2008年07月14日

大船鉾

 『 大船鉾 』

  幕末の元冶元 ( 1867 ) 年に勃発した 禁門の変 によって大火が発生し、京都の町は火に包まれ、数多くの 山鉾が焼失 しました。

  その後、多くの山鉾が復興しましたが、大船鉾鷹山布袋山 の3基は各鉾町の諸事情もあって復興に至らず、「 休み山 」 となっています。

  現在も巡行には参加していませんが、焼け残った懸装品を飾ったり、お囃子を伝承するなど、復興へ向けて歩んでいます。

  かつて 後祭のトリ を務めた 『 大船鉾 』 は、現存する 船鉾“ 出陣の船鉾 ” と呼ぶのに対して “ 凱旋の船鉾 ” と呼ばれていました。

『 大船鉾 』  四条新町下ル
   7月13日~17日
   懸想品の展示とお囃子
   粽やお守りの授与  

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2008年07月13日

祇園祭 稚児社参

 『 祇園祭 稚児社参 』

  毎年13日、長刀鉾稚児八坂神社 に参じ、神の使いとしての 「 お位 ( くらい ) を授かる 『 稚児社参 』 ( ちごしゃさん ) の儀式が行なわれています。

  古来より、罪や穢れがなく純真無垢な子供には 神霊が降臨しやすい とされ、 稚児と呼ばれる子供が神の使いとして祭りに登場してきました。

  社参でお位を授かった稚児は、17日の山鉾巡行まで地面を踏まない、祭壇のある注連縄の張られた部屋で過ごすなど、厳粛な日々を送ることになります。  

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2008年07月12日

祇園祭 山鉾の原型

 『祇園祭 山鉾の原型 』

  粟田神社 ( あわたじんじゃ ) には、祇園祭の山鉾の原型 とされる長さ 7~8メートル の柄の先に剣が付いた重さ 40~60キロ にも及ぶ 「 剣鉾 」 ( けんほこ ) という祭具が伝えられています。

  毎年10月の粟田祭では、人が剣鉾を持ち上げて町を練り歩き、悪霊を鎮めて道を祓い清めます。

  祇園祭の鉾は、この剣鉾が時代を経て大型化したもので、室町時代頃には現在のような剣鉾に台車が付いた大型の鉾車となったと考えられています。  

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2008年07月11日

祇園祭 曳き初め

 『 祇園祭 曳き初め 』

  祇園鉾町には豪華絢爛な懸装品で装飾された山鉾が建ち並び、山鉾巡行の前に試し引きをする 『 曳き初め 』 ( ひきぞめ ) が行われています。

  祇園囃子 が演奏され、“ エンヤラヤー ” の掛け声とともに数百メートルの距離を巡行本番のように進みます。

  巡行本番では原則として成人男子のみが山鉾を引きますが、曳き初め では 老若男女を問わず に誰でも参加して山鉾を引くことができます。

  昔から曳き初めに参加すると、一年が無病息災になる と言い伝えられています。  

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2008年07月10日

祇園祭 山鉾建

 『 祇園祭 山鉾建 』

  祇園祭を華やかに飾る山鉾の 『 山鉾建 』 ( やまほこたて ) が、いよいよ始まります ( 10日~14日 )。

  前年の巡行を終えて、完全に解体されて倉庫で保管されている山鉾の部材を、再び組み立てます。

  胴体の胴組みは、釘を使わず荒縄だけで固定する伝統の技法・縄がらみ で組み立てられ、真木 ( 鉾を取り付ける中心の柱 )・車輪・屋根・懸装品などを組み付けて山鉾が完成します。

  絢爛豪華な懸装品を纏う山鉾は、まさに 動く美術館 です。  

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2008年07月09日

祇園祭 神輿洗

 『 祇園祭 神輿洗 』

  10日夜に行なわれる祇園祭の神事 『 神輿洗 』 ( みこしあらい ) は、松明の明かりで八坂神社から 神輿 を四条大橋まで導き、鴨川から汲み上げた御神水で神輿を洗い清める神事で、清める際に飛び散る水しぶきにかかると 無病息災 のご利益があると伝えられています。

  この神輿洗の神事にちなみ、四条大橋付近の鴨川は 『 宮川 』 ( みやがわ : お宮さんの川 ) と呼ばれており、花街のひとつ 宮川町の地名の由来 にもなっています。   

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2008年07月08日

牛頭天王

 『 牛頭天王 』

  八坂神社の祭神 「 素戔嗚尊 」 ( すさのおのみこと ) は、古くは 「 牛頭天王 」 ( ごずてんのう ) と呼ばれていました。

  牛頭天王 とは インドの祇園精舎を守護する神 であり、仏教とともに日本に伝来し、日本の神話に登場する 素戔嗚尊と習合 ( しゅうごう : 異なる2つ以上の教義を1つに合わせること ) し、同一視 されるようになりました。

  現在の 八坂神社 という社名は、神仏分離令が出された明治以降のもので、古くは 祇園社牛頭天王社 と呼ばれていました。  

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2008年07月06日

祇園社

 『 祇園社 』

  八坂神社 は、明治維新までは 祇園社 ( ぎおんしゃ )、祇園感神院 ( ぎおんまんじんいん )、祇園天神社 ( ぎおんてんじんしゃ ) などと呼ばれており、明治元 ( 1868 ) 年に明治政府から発布された神仏分離令にともない、現社名の八坂神社となりました。

  “ 祇園 ” という言葉は “ 祇園精舎 ” ( ぎおんしょうじゃ : 釈迦が説法をしたと伝わるインドの聖なる寺院 ) に由来しているため、仏教用語を用いる名前を避けて、地名の八坂より八坂神社とされました。  

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2008年07月05日

祇園祭 長刀鉾町の吉符入と稚児舞披露

 『 長刀鉾町の吉符入と稚児舞披露 』

  長刀鉾町 では7月5日 ( 今日 ) に吉符入が行なわれ、今年の稚児役に選ばれた 稚児 ( ちご ) が初めて正式に町内の人に紹介されます。

  まずは盃事を行なって祭りの無事を祈願し、巡行時に鉾の上で舞う 「 太平の舞 」 を、町会所の2階から四条通へ向って稚児と2人の禿 ( かむろ ) が披露します ( 15時~ )。

  ゆったりした奉納囃子にのせた優雅な舞はもちろん、巡行時とは異なる稚児のあでやかな衣装や冠も必見です。

地図 : 長刀鉾・町会所


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2008年07月04日

祇園祭の変遷

 『 祇園祭の変遷 』

  安土桃山時代、豊臣秀吉 は数町から成る組織で山鉾を運営する 「 寄町 ( よりまち ) 制度 」 を制定し、祇園祭はさらに盛大な祭りへと発展しました。

  しかし、江戸時代に京都の町は 宝永の大火天明の大火元治の大火 などの大火に幾度も見舞われ、多くの山鉾が焼失するという被害に遭いました。

  しかし、焼失する度に町衆や職人の努力・財力・技術によって山鉾は見事によみがえり、往時をしのぐ絢爛豪華な山鉾になっていきました。  

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2008年07月03日

祇園祭の歴史

 『 祇園祭の歴史 』

  今から千百年以上も前のこと、平安前期の貞観11 ( 869 ) 年に全国的に疫病が流行し、その 疫病退散 を願い、当時の国の数にちなんで66本の 神泉苑 に立てたのが始まりと伝えられています。

  応仁の乱によって一時、祭りが途絶えましたが、明応9 ( 1500 ) 年に町衆の努力によって祭りは再興され、鉾が大型化するなど、壮麗壮大な祭りとして伝統を受け継いできました。

  現在、9基23基、総勢32基の山鉾が都大路を華麗に巡行します。  

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